
#35 牧田和久
#35 牧田和久 - Kazuhisa Makita
右投右打・投手
2011年入団
静清工業高~平成国際大~日本通運~埼玉西武ライオンズ
静岡県焼津市出身、1984年11月10日生、178cm / 75kg
2011年推定年俸:1300万円
球種:ストレート(最速132km)、スライダー、カーブ、シュート、シンカー、チェンジアップ
ニックネーム:マキヤン(松沼「兄やん」より)、マッキー(アマ時代)
牧田和久投手、西武では12年振りの新人王獲得(2011/11/30)
牧田和久投手が西武投手陣に与える好影響(2011/03/31)
ひょっとしたらプロ入りがもっと早まっていたかもしれない投手だった。平成国際大でエースとして活躍した後に入部した日本通運硬式野球部での2年目、2008年の日本選手権の試合中に転倒し、右足前十字靱帯を断裂してしまった。この時期にどのプロチームが牧田投手に注目をしていたかまでは分からないが、しかしもし回復までに1年を要したこの故障さえなければ、2009年からプロで活躍していた可能性もあった。
故障後、牧田投手が再びマウンドに戻ってきたのは2009年の後半戦だった。そこから1年間の遅れを取り戻すかのような活躍を見せ、翌2010年には15勝1敗という好成績で社会人最後の年を終えている。西武入りする切っ掛けとなったのはこの年の4月8日に行われた西武2軍対日本通運の練習試合だった。
渡辺久信監督も視察に訪れ、しかも西武の先発はゴールデンルーキーと世間を騒がせた菊池雄星投手。否応にも注目度の高い一戦だった。この試合に日通の先発としてマウンドに登っていたのが牧田投手で、この時の好投が渡辺監督の脳裏に焼きつき、秋のドラフト指名に繋がった。投球内容としては、初回に大崎選手にホームランを浴びるものの、6回を投げ抜いて失点はその1点のみ、92球・7奪三振・被安打3・四球2という内容だった。
牧田投手の大きな特徴は、非常に落ち着いたマウンド捌きだ。この試合でも序盤にストレートを狙われていると分かると、中盤以降は序盤以上にボールを左右上下に散りばめ、西武打線を翻弄した。そして先日2011年2月19日に行われた紅白戦でもピンチを作ったが、まるで動じることがなかった。ノーアウトでランナーを三塁に背負っても落ち着きを失わず、見事無失点で切り抜けた。渡辺監督も先発5番手に最も近いのは牧田投手だと評している。
日通時代の西武戦にしても、プロ初実践にしても冷静さを欠かないのはさすが社会人上がりの新人だと言える。今季11月に27歳を迎える牧田投手は、日本のプロ野球においてはオールドルーキーとも呼べる年齢だ。もちろん年齢だけですべてを片付けることはできないが、しかし歳を重ねたことで得た経験、故障の苦しみを乗り越えた精神力は、プロでも大きな武器となるはずだ。
2010年のドラフト会議、牧田投手は西武から2位指名を受けたわけだが、実はソフトバンクも下位での指名を狙っていた。そう考えると、ドラフト会議とはやはりギャンブル性がある。もし秋山翔吾選手を3位ではなく、2位で指名していたら、ライオンズが牧田投手を獲得できていたかは分からなかった。
大卒、社会人経験4年を経てのプロ入りは、まさにライオンズの元祖アンダースロー松沼博久投手と同じ道だ。同じ年齢でプロ入りした兄やんこと松沼博久投手は、引退までに112勝を挙げている。牧田投手にもぜひこの兄やんの記録を目指してもらいたい。いや、それ以上を目指してもらいたい。渡辺監督に、大石達也投手以上に開幕ローテ入りに近いと評された投手だ。多くのファンも期待している通り、ルーキーイヤーから2ケタ勝利、さらには新人王を目指せるだけの能力はあると思う。そしてその実力は、兄やんのお墨付きもある。
右投手としては珍しく、牧田投手はピッチャーズプレートを一塁側に大きくはみ出して使っている。これは左打者への外をより遠くに感じさせ、右打者にはシュート系をクロスファイアー気味に見せることができる。ルーキーであるにも関わらず右打者のインコースを恐れずに投げ切れる牧田投手は、1年目からきっと活躍してくれるはずだと筆者は確信している。
2011年02月21日 14:45 Tweet



