
西口投手の左手が、涌井投手の球速アップの鍵

ここ1~2年、球速アップに取り組んでいるエース涌井投手だが、筆者が思うに、あるマイナーチェンジをすることさえできれば、一瞬で2~3kmの球速アップは可能となるだろう。
涌井投手は非常にバランスが良い。バランスの良さだけを評価するならば、球界随一のバランスの良さを持っていると言える。だがこの良すぎるバランスが、ピッチャーとしての躍動感を奪ってしまう原因にもなっている。もちろんこれは悪いという意味ではなく、さらに良くすることができる、という意味だ。
涌井投手のピッチングフォームは美しいとも言えるほどにバランスが良い。投げる動作自体のバランスが良いため、投げ終わった後のフィールディングにもそのバランスの良さが活かされている。だが球速という点だけに焦点を絞るとすれば、このバランスの良さが若干の球速を奪ってしまっていることは事実だ。
実はバッターから見ると、非常にバランスの良いピッチャーよりも、非常に躍動感のあるピッチャーの方が対戦をしていて嫌なものなのだ。ライオンズで言えば全盛期の西口投手のようなピッチングフォームだ。90年代、パ・リーグの並み居る強打者たちは開幕前になると、口々に「今年は西口さんから打ちたい!」と言っていたほどで、それほど西口投手の躍動感溢れるピッチングはバッターからすると脅威となっていた。そしてこの躍動感があるからこそ、西口投手のスライダーは魔球と呼ばれ、“青えんぴつ”と揶揄された細身の身体で150kmを超えるボールを投げていた。
(西口投手入団時のビジターユニフォームは、まだ全身ブルーだった)
体型だけを見ると、西口投手よりも涌井投手の方がずっと速いボールを投げそうな印象を受ける。だが実際には涌井投手の球速は、全盛期の西口投手のスピード、もしくはスピード感にはまだまだ及ばない。では西口投手と涌井投手とでは、どこが違うのだろうか?
ピッチングフォーム、ピッチングモーション自体が違うのは当たり前だ。例えばステップ1つにしても違う。涌井投手は真っ直ぐステップして行くが、西口投手はややクロス気味にステップする。このステップももちろん球速に影響を与えるが、しかしそれ以上に球速に影響を与えている身体の使い方の違いがある。それは、左手だ。
ピッチャーはテイクバックをした際、グラブ手はバッター方向へと突き出され、そのグラブ手を一気に身体に巻き戻すことで、右腕の高速スウィングを生み出している。そしてさらに深い話をするならば、グラブをはめている手の握り1つでも球速は変わってくるのだ。
西口投手はテイクバックした際、身体を二塁方向にやや傾けている。近年は全盛期ほどの傾け方は見られなくなったが、それでもこの動きは往年の大投手である金田正一投手や、稲尾一久投手、沢村栄治投手と共通している。躍動感を生むためには絶対不可欠となるモーションの1つが、この傾け動作なのだ。だがここ10年の間に、このモーションを取り入れるピッチャーは球界からは激減してしまった。
テイクバックをした際の西口投手のグラブ手は、やや上方に傾いているが、この動きは実に理に適っている。身体を二塁方向に傾けているため、当然肩のラインも二塁側に傾く。となるとゼロポジション(上腕骨と肩甲棘が水平になった状態)を保つためにはグラブ手が上を向くのが至極自然なこととなる。
そして上方に上げられたグラブ手を、西口投手は手首で大きく屈曲させている。その姿はまるでショベルカーのバケットのようだ。もしどこかで写真や映像を見られる機会があれば、ぜひこの瞬間の西口投手のグラブを見てもらいたい。グラブが捻り潰されているのが分かると思う。この捻り潰し動作こそが、西口投手の球速を生んでいたのだ。涌井投手にも若干のこのモーションは存在するのだが、しかし西口投手と比べるとそれは微々たるものに過ぎない。
ではなぜこの捻り潰し動作が球速アップを生んでいるのか?その答えは、右手のスナップにある。野球経験者であれば、スナップという言葉は一度は聞いたことがあると思う。だが意外と勘違いされている方が多いのも事実だ。スナップとは、手首を使って投げるという意味ではない。英語を素直に訳すと「素早くピシッと投げる」というような意味になる。ちなみに手首は英語ではリストと言うが、スナップスローをすることで結果的にリストが使われるわけで、リストを使うことを前提にスナップスローは行われない。
生理学用語で「連合反応」という言葉がある。これは四肢(手足)において、左右どちらか一方が何らかの動きをした際、反対側にもその反応が出るということを意味している。つまり左手が起こしたアクションは、右手にも影響を与えるということだ。
西口投手の場合の連合反応は、左手でグラブを捻り潰すことで、その力強く握るという動作が右手にも伝道して行っていることだ。分かりやすく言うと、左手を強く握ることで、それに反応して右手もボールを強く握ろうとする。ボールを強く握れば、それだけ力強いスナップを利かせてボールをリリースすることが可能になる。スナップを強く利かせられれば、腕のスウィングスピードに加え、スナップから与えられるエネルギーもボールに込められ、球速もその分アップするという仕組みなのだ。
涌井投手が今後この左手の使い方をモーションに採用し、マイナーチェンジさせることができれば、今の体のままで一瞬で球速をアップさせることが可能になるだろう。そうすればストレートは常時150kmを計測するようになり、親友であるダルビッシュ投手の評価を大きく上回る投手にもなれるはずだ。


2010年03月05日 07:24 Tweet


