
菊池雄星投手のピッチングフォーム解析

西武入団決定以来、何かと周囲がにぎやかになってきた菊池雄星投手。所沢の地は気に入ったようだが、入団会見前、都内で髪を切って2万円取られたことには驚いたようだ。雄星投手のあの髪型で2万円とは確かに驚きの値段だ。いつもは1000円カットの店を愛用している雄星投手本人は、本当にさぞ驚いたことだろう。
さて、今日はそんな菊池雄星投手のピッチングモーションの解析を行ってみたいと思う。対象としたのは、背番号17を背負った高校1年の夏と、エースナンバーを背負った高校3年生の夏の2つ。果たしてこの2年という短い時間の中、雄星投手はどのような進化を遂げていたのだろうか?
まず目に付くのは体格だ。高校入学時は67kgしかなかった体重が、高3までで16kg増えている。1年の夏は身体の柔軟性だけでスピードボールを投げていたのが、3年になると体幹がしっかりし、地に足が着いた根張りのあるモーションになっている。特に前脚をプレートに掛けた時が違っている。1年では身体が前へ行こうとしているのが見え見えなのが、3年では体重をセカンド方向にしっかり残せている。つまりこれは、タメができているということになる。
前脚を完全に上げ、軸足1本で立つ瞬間にも同じことが言える。1年では素直に真っ直ぐ立ってしまっているのが、3年ではタメができている分関節それぞれの可動性に余裕を残すことが出来ている。身体自体は、間違いなく3年よりも1年の頃の方が柔らかかったはずだ。16kgの筋肉が増えたのだから、それは当然だと言える。しかし関節や筋肉の使い方という点に話を絞ると、さすがに3年の方が柔らかく使えている。これは先天性の身体の柔らかさに加え、後天的ストレッチが効果を表した結果だろう。
前脚が上がり切ると、軸足を曲げながら重心を下ろし、ステップしていくのだが、この時点から3年と1年では大きくモーションが変わっている。まず1年の頃は、担ぎ投げに近い状態になっている。つまり握ったボールの加速距離が、テイクバックからリリースまでの間で短いのだ。だが3年になるとテイクバックで肩甲骨をしっかりと脊柱に引き寄せられるようになっていて、加速距離が増している。
専門用語を使って説明すると、1年ではテイクバック~コッキング~アーリーアクセラレーション~レイトアクセラレーション~リリースという流れになっていたのが、3年になるとスクラッチモーション~テイクバック~コッキング~アーリーアクセラレーション~レイトアクセラレーション~リリースという流れになっている。つまりスクラッチモーションが加わっているのだ。
スクラッチモーションが加わるとどうなるかと言うと、ボールの加速距離が増えるだけではなく、身体の切れも増す。現在ライオンズの現役投手でスクラッチモーションがあるのは、西口投手、岸投手、星野投手、そして工藤投手の4人だけだろう。スクラッチモーションとは、テイクバックまでのプロセスで、投球腕がイン・スパイラル(内回旋)している状態のこと。なぜこれが必要かというと、スクラッチモーションがあることでSSCを引き起こすことができるからだ。
SSCとはストレッチ・ショートニング・サイクルの略語で、生理学用語となる。筋肉が引き伸ばされると(ストレッチ)その情報が神経を介し脊髄に送られ、そこで情報が処理され、今度は引き伸ばされた筋肉を素早く収縮(ショートニング)させようとする作用のことだ。投球時に腕がしなって見える現象は、このSSCが引き起こしている。
さて、話をリリース前後に戻すことにしよう。雄星投手は3年生になると、コントロールが格段と良くなった。その要因に挙げられるのはターゲティングだろう。ターゲティングとは、アーリーアクセラレーション時、投球腕の肘の骨頭が、投げたい方向にしっかり向けられている状態のことだ。ピッチングにおけるコントロールとは、肘を使ったこの照準合わせが鍵を握っている。だからコントロールを良くしたいと考えるなら、まずはこのターゲティングをしっかり見直すことが近道となるだろう。
1年の雄星投手はこのターゲティングがやや1塁方向を向いている。だが3年になるとしっかりとキャッチャーミット側に向けられるようになっている。ほとんど0.0数秒の世界の話となるが、これができるだけでフォアボールの数は劇的に減るわけだ。
だが注意してもらいたいのは、ターゲティングそのものは肘への意識集中で行うべきものではない。まずはピッチャーとして必要な下半身を手に入れ、その手に入れた下半身を上手に使えるようになって、初めて自然発生するのがターゲティングなのだ。強靭な下半身なくして、ただ肘だけでターゲティングを意識したら、野球肘になる日は近いだろう。そのためターゲティングを手に入れるためには、まずは走り込みが大切だ。ちなみに雄星投手は中学時代から毎日休むことなく10kmのロードワークを行っている。
ターゲティングが行われ、実際にボールがリリースされていくと、腕はフォロースルーという状態に入る。そして雄星投手に対し、筆者が最も注目しているのがこの段階なのだ。
1年ではフォロースルーで、腕をイン・スパイラルさせることができているのだが、3年では真っ直ぐに近い状態で腕を振り下ろしている場面が多い。雄星投手は3年の夏、肋骨を骨折していたようだが、ひょっとしたら腕の振り方に原因があったのかもしれない。
ピッチング動作で肋骨が折れるということは、それだけ腕のスウィングスピードが速いということを意味する。雄星投手の場合150km以上のボールを投げるわけだから、腕も当然150km以上のスピードでスウィングされている。だがこの時、フォロースルーの腕にイン・スパイラルが掛かっていれば、腕は身体に巻き取られるようにして衝撃を吸収することができる。投球腕を前から回し、反対側の背中をパチンと叩くような状態だ。雄星投手の場合、ボールをリリースした左手で右の背中を叩く状態となる。
だがイン・スパイラルが発生していない場合、150kmで振られた腕の衝撃は肘・投球腕側の背中などを使って吸収する必要がある。こうなってくると肩甲棘と上腕骨が0ポジションから外れ、身体にあらゆる負担を与えてしまう。恐らく肋骨の骨折は、この時の衝撃が原因となっているのだろう。もし1年の時のようにフォロースルーにイン・スパイラルが掛かっていたなら、肋骨に衝撃が与えられることはなかったと思う。
しかし必要以上の心配をする必要はないだろう。なぜなら、雄星投手はまだまだプロの体格ではないからだ。今後柔軟性をキープしつつ筋力を増やせていければ、脊柱を軸としたスピンも安定し、フォロースルー時のイン・スパイラルも引き起こしやすくなるはずだから。あとは骨盤の移動などを今後学んでいければ、夢の160kmも夢ではなくなる日が来るだろう。
骨盤の動かし方を意識できるようになれば、慣性モーメントがさらに小さくなる。慣性モーメントが小さくなれば脊柱軸スピンにさらに鋭さが増し、球速もアップする。
恐らくライオンズの投手陣の中で、骨盤の使い方に関し最も知識を持っているのは星野投手だろう。雄星投手にとって工藤・涌井・岸投手らは良き先生になってくれると思うが、それと同じだけ星野投手から学べることは多いはずだ。特にピッチングのメカニズムに関することは、ぜひ星野投手から多くを盗み取ってもらいたい。
さて、これからプロの門を叩き、雄星投手がどのように成長していくのか、ファンならずとも関心の高いところだと思う。超高校級の雄星投手と言えど、プロ1年目の松坂大輔投手と比べるとまだまだ完成度は低い。だがその分伸び白が広いことも確かだ。今後プロレベルに馴染んだ時の雄星投手を、早く西武ドームのマウンドで見てみたい。


2009年12月22日 17:03 Tweet


