優勝の鍵となるキャプテンシーとリーダーシップ
スポーツにはキャプテンとチームリーダーというステイタスが存在する。だがこの2つを明確に区別しているチームは少ない。ライオンズにおいて現在は赤田選手がキャプテンを務めている。そして歴々には伊東勤捕手、石毛宏典選手というキャプテンがいた。赤田選手はキャプテン・選手会長就任後は本当にチームのために尽力してくれたと思う。だがライオンズがもう一段階強いチームになるためには、赤田選手以外の誰かがキャプテンを務めるべきだと思う。その方がチームのためだけではなく、成績不振に苦しんだ赤田選手自身のためにもなるはずだ。
そこで浮上してくる名前は誰もが予想する通り、中島選手と片岡選手の二遊間コンビ。このどちらかがキャプテンを務めるのが、現状では最良だと思う。そして結論から言えば、片岡選手がキャプテンを務め、中島選手がチームリーダーになるのがベストだと筆者は考える。
キャプテンとチームリーダーとは、似て非なるものだ。キャプテンとはチームを統率するのが役目で、チームリーダーは先頭に立って牽引するのが役目だ。
まずキャプテンに求められるのは言葉だ。自分の言葉で、滞ることなく相手に意思を伝えられなければならない。そして監督やコーチ陣と選手との橋渡しをするのもキャプテンの大事な仕事だ。人間性は絶対条件で、コミュニケーション能力の高さが求められる。
理想のキャプテン像はやはり石毛選手だ。石毛選手はキャプテンとして、常に言葉でチームを1つにまとめ上げ、選手全員の士気と意識を高めた。ライオンズが黄金時代を築けたのは、石毛選手のこの尽力あってこそのものだった。
こう考えると、キャプテンは片岡選手が相応しいだろう。野球に対しても非常に真摯な姿勢を貫いているし、性格も明るくコミュニケーション能力も高い。またグラウンドでは時に激しい口調でナインを鼓舞している。片岡選手は広い視野でグラウンドを見渡せるタイプの選手だと筆者は感じている。これこそがキャプテンシーだ。
例えばチームが劣勢の時に優しい言葉をナインに与えても意味はない。劣勢の時は激しい口調で闘争心を燃やし、チームを鼓舞し士気を高められる能力が求められる。逆にチームが勝っている時には冷静さを保ち、ナインに奢りを持たせない配慮が必要だ。片岡選手にはこれらの能力が備わっていると筆者は考えている。
一方リーダーシップとは、言葉だけではなく行動でチームを引っ張ることのできるパワーが求められる。例えば敗色濃厚な試合でも全力プレーを怠らず、打席でも集中力を失わず、守備では最後まで球際に食らい付いていく。「みんな俺に付いて来い!」という勢いが求められる。
そしてそれが備わっているのが中島選手だと思う。中島選手は、片岡選手ほど饒舌ではない。主力になってからはインタビューにもしっかりと自分の言葉で答えるようになったが、しかし元々はシャイな性格だ。口調はいつでも優しく落ち着いていて、基本的にマイペースを貫いている。マイペースと言ってももちろん悪い意味ではなく、常に前へ前へ行こうとするマイペースのため、そのペースでチームを牽引することができるのだ。
正確に言えば、役職としてはキャプテンのみとなり、チームリーダーは役職とはならないだろう。チームリーダーは自然と誕生するものだと筆者は考えている。そしてライオンズでは2004年以降ずっと活躍し続け、常にグラウンドに立ち続けている中島選手が今、チームリーダーとして期待されている。
ライオンズが今後安定したチーム力をキープしていくためには、片岡選手がキャプテンとしてチームを統率し、中島選手がチームリーダーとして1つになったチームを牽引していくというスタイルがベストだと考える。
よく「プロチームにキャプテンは不要」と言われることがあるが、筆者はそうは思わない。プロだからこそキャプテンの存在が必要なのだ。プロ選手は、アマチュア時代は誰もがチームの主軸だった選手たちだ。そういう選手たちの集団を1つにまとめ上げるためには、やはりキャプテンシーのある選手がキャプテンを務め、リーダーシップを発揮できる選手がチームリーダーとなるべきだ。
そしてキャプテン、チームリーダーになった選手は常にグラウンドに立っていなければならない。グラウンドにいなければチームを1つにまとめることは不可能だからだ。そう考えるとプロチームの場合、ピッチャーがキャプテンやチームリーダーを務めることは難しいだろう。先発ピッチャーは毎試合ベンチ入りするわけではないし、リリーバーも試合中はダグアウトではなくブルペンにいることがほとんどだ。
片岡選手は以前のトークショーで、赤田選手からキャプテンの座を奪うと宣言したことがあった。これが本音なのかリップサービスなのかは分からないが、赤田選手が自身のプレーに集中し復活するためにも、片岡選手にキャプテンの座を譲ることはマイナスにはならないだろう。
中島選手の方はすでにチームリーダーとしての役割を果たしている。今季チームが苦しい時、先頭に立ってチームを牽引していたのが中島選手だった。だから中島選手には来季以降も、これまで同様にチームを引っ張っていってもらいたい。
来季以降この二遊間コンビが明確にチームを引っ張るようになれば、ライオンズというチームはもっと強くなれるはずだ。野球はチームスポーツだ。素晴らしい選手が9人集まっただけでは試合には勝てない。9人の選手が1つの目的に向かって一枚岩になれない限り、どんな素晴らしい選手が集まっていたとしても優勝はできないだろう。
逆を言えば9人全員が半人前のチームだったとしても、優勝という1つの目的のためにチームが一枚岩となれれば、強豪相手に優勝を目指すことも決して夢ではない。
常勝時代には石毛選手というキャプテンがいて、清原選手というチームリーダーがいた。清原選手をチームリーダーと評する人は少ないが、練習量やチームへの貢献姿勢を考えると、十分チームリーダーとしての役割は果たしていた。
そして2010年には同級生でもある二遊間、片岡・中島コンビが主力として存在している。来季この2人でチームをまとめ、引っ張ることができれば、Bクラスで終わるという結果にはまずならないだろう。悪くてもクライマックス進出、普通に力を発揮できれば優勝できるだけのチーム力がある。あとはチームが1つになる時を待つだけだ。ただ仲が良いだけではダメだ。時には厳しく、時には激しくチームを鼓舞できなくてはならない。筆者は来季、この役割を片岡・中島コンビに明確に担ってもらいたいと期待している。
【筆者が考えるキャプテン・リーダー像】
キャプテンタイプ・・・片岡易之、平尾博嗣、工藤公康、松坂大輔、高木大成、小久保裕紀(ソフトバンク)、宮本慎也(ヤクルト)、阿部慎之助(巨人)
チームリーダータイプ・・・中島裕之、江藤智、星野智樹、石井貴、デニー友利、松井稼頭央、稲葉篤紀(日本ハム)、松中信彦(ソフトバンク)、イチロー(シアトル)
2009年12月30日 00:53
シコースキー投手・ブラウン選手を獲得
埼玉西武ライオンズは12月28日、元ロッテのブライアン・パトリック・シコースキー投手と、ダーマル・ブラム・ブラウン(ディー・ブラウン)選手の獲得を発表した。シコースキー投手が背番号50で年俸が推定6400万円、ブラウン選手が背番号42で年俸が推定4600万円となった。今季オフは不調だったブルペン陣をもっと積極的に補強しに行くかと思いきや、意外とスローペースだったのでファンとしてはやきもきさせられたが、年の瀬も迫り良い選手2人を獲得できたと思う。
シコースキー投手は実績十分だし、安心してブルペンを任せることができるだろう。しかも8000万円以上になるのではと予想した年俸も6400万円でまとまった。今季ロッテでの年俸が7500万円で、減俸を理由に退団していたシコースキー投手だっただけに、この額で獲得できたことは筆者は少し驚きを感じた。
ブラウン選手も、怪我をすることがなければそこそこの数字は確実に残してくれそうな印象を受けた。引っ張るだけではなく、反対方向にも強い打球を打てるバッターなので、日本の変化球に手も足も出ずに帰国というパターンにはならないだろう。この左バッターが5番として機能してくれれば、打線は2008年に匹敵する破壊力を持ち直せるはずだ。
ブラウン選手は横浜も獲得を検討していたようだが、スレッジ選手・カスティーヨ選手を獲得したため獲得を見送り、西武との契約となった。3000万円で獲得されたカスティーヨ選手、4600万円で獲得されたブラウン選手。来シーズンどちらがどれだけ活躍をするかというところも見所である。
ブラウン選手に関してはまだ未知数の部分が大きいが、シコースキー投手に関しては良い補強ができたと言えるだろう。今季は岡本慎也投手、三井浩二投手が機能しなかったため、ブルペン陣はかなりの苦境に立たされた。岡本・三井両投手の穴を埋めるべく加入した工藤・シコースキー両投手が実力を普通に発揮してくれれば、来季のブルペンはかなり強化されるだろう。
そこにグラマン投手が戻り、小野寺・岩崎両投手が一皮向けてくれれば、2008年のような形で優勝を目指すこともできるだろう。あとは今季つながり切らなかった打線がブラウン選手の加入で繋がってくれれば、2008年以上の野球が観られるかもしれない。
とにかく総括としては菊池雄星投手を含めて、素晴らしい補強ができたと言うことだ。あとは春季キャンプで追試予定のラフォーレスト選手が頑張ってくれれば、層は一気に厚くなる。キャンプインまであと1ヵ月少々。ファンとしては2月1日がますます待ち遠しくなった。
2009年12月29日 00:56
#5 原拓也
#5 原拓也 - Takuya Hara
内野手(サード、セカンド、ショート)、右投左打
2006年大学・社会人ドラフト4巡目
東海大相模付属相模高~関東学院大~埼玉西武ライオンズ
神奈川県横浜市港北区出身、1984年5月18日生、175cm / 75kg
2010年推定年俸:1400万円
西武の来季内野陣は、原拓也選手が台風の目
原拓也選手は2010年、最も期待して良い若手野手の1人だと思う。筆者が初めて原選手のプレーを見たのは、2008年のプレーオフ前後だった。その試合では確か守備固めとして登場したのだが、大舞台での緊張のあまりか、らしからぬエラーやミスを繰り返していた。だが今年の原選手ときたらどうであろう。1年前とはまる比べ物にならないほど成長している。
守備にはアマチュア時代から定評があったようだ。大学時代はショートの堅実な守備が評判で、それが切っ掛けでプロの目にも留まった。まだ本当に「素晴らしい!」と言えるレベルの守備ではないかもしれないが、しかし守備に関してはこれから経験を積めばもっともっと自信を持ってこなせるようになるだろう。
しかし筆者はその守備よりも、バッティングに注目している。2009年の打率は.218と決して褒められる数字ではなかったが、今後1軍レベルのピッチャーをどんどん経験していけば、近い将来間違いなく主力クラスのバッターになれるはずだ。
その根拠は、バットコントロールの不器用さにある。誤解を恐れずに言うならば、原選手は決してバットコントロールが得意な選手ではないと思う。例えば石井義人選手のような職人的な技は持ち合わせていない。しかしその分だけ、バッティングモーションが非常に素直で柔らかいのだ。
まず素直という表現をしたのは、ピッチャーの投球に対し、素直に身体を入れていけているということだ。これが下手に器用な選手の場合、小手先だけでバットをコントロールし、ある程度ミートさせることができる。石井選手のように職人レベルなら話は別だが、そうじゃない場合はまさに小手先のバッティングになりかねない。しかし原選手の場合はよほど崩されない限り、身体の軸とバットとの角度が非常に良い関係を保てている。
このような素直な打ち方ができているからこそ、原選手は順手投手(左投手)に対し.353という素晴らしい数字を残すことができている。打席数は少ないものの、17打数6安打は立派な数字だ。
だがセオリーに反し、逆手投手に弱点を抱えている。順手投手の.353に対し逆手投手相手だと、打率は.198まで急落する。これはなぜなのか?普通であれば、順手投手よりも逆手投手の方が打率は高くなるはずなのに。
筆者が考えるに、これはボールを引き付けようとする意識が高すぎるためだと思う。恐らくコーチからタイプ分けとして、そのような指導を受けているのだろう。ボールを引き付けるということは、打つポイントはどうしてもキャッチャー寄りになる。このポイントで内側に曲がってくるボール、つまり右投手のスライダーなどを捌こうとすると、非常に窮屈なスウィングになってしまうのだ。
これは佐藤友亮選手にも同じことが言えるのだが、内角球を無理に反対方向に打つ必要はない。特に原選手のように素直なスウィングができているバッターは、内角球も素直にそのまま引っ張ってしまった方が結果は良くなるはずだ。
バッティングの基本は外角球はポイントを後ろに、内角球はポイントを前にすることだ。他の理論を提唱している指導者の方もいらっしゃるが、少なくとも筆者はこのように考えている。ケースバッティングやチームバッティングも大事だが、バッターが伸び伸びと打てる環境を与えてあげることもコーチには必要な指導法だ。中村選手にホームランを打たせるために三振を許したデーブ大久保コーチのように。
残念ながらライオンズの内野陣はレギュラーが堅固だ。セカンド片岡・ショート中島・サード中村の牙城を崩すことは容易ではないだろう。だが万が一中村選手がファーストにコンバートすることになれば、サードのレギュラーは間違いなく原選手になるはずだ。今後1~2年でバッティングを向上させれば、守備力を考えれば間違いなくレギュラークラスになる。
しかし中村選手のコンバートを待っているだけではプロとは言えない。逆に、中村選手をファーストに追いやるくらいの勢いで頑張らなければ、向こう5年レギュラーを掴むことはできないだろう。もし原選手が来季.290前後打てるようになれば、渡辺監督も本気で中村選手のコンバートを考えるかもしれない。
とにかく素晴らしい潜在能力を持った選手に違いはないので、守備要因に甘んじることなく、来季は本気でレギュラー獲りを目指して行って欲しい。今年のドラフトでは美沢将選手という次世代のショートストッパーが入団したため、原選手もかなり危機感を募らせているはずだ。背番号も高木浩之選手が背負っていた4を与えられている。筆者は個人的にはこの4を原選手に付けさせてあげたかったのだが、球団は美沢選手にかなり大きな期待を寄せているのだろう。
だがそんな逆境に屈することなく、原選手には1日でも早くレギュラーを獲得して欲しいと思う。
| 打撃成績 Batting Results | ||||||||||||||||||||||
| 年 度 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
| 2007 | 12 | 16 | 15 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .200 | .200 | .200 |
| 2008 | 3 | 7 | 6 | 1 | 3 | 1 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 1 | .500 | .571 | .667 |
| 2009 | 50 | 151 | 128 | 7 | 28 | 6 | 0 | 0 | 34 | 9 | 0 | 0 | 9 | 2 | 10 | 0 | 2 | 37 | 4 | .219 | .282 | .266 |
| 通算 | 65 | 174 | 149 | 8 | 34 | 7 | 0 | 0 | 41 | 9 | 0 | 0 | 10 | 2 | 11 | 0 | 2 | 42 | 5 | .228 | .287 | .275 |
2009年12月27日 01:02
涌井投手・中島選手が話し合いに納得のサイン
西武球団の仕事納めとなった25日、ここまで態度を保留していた涌井投手と中島選手が話し合いに納得をして契約書にサインをした。一時はどうなるかと思われた大荒れの契約更改だったが、これで残るは細川捕手、片岡選手、G.G.佐藤選手の3人のみとなった。G.G.佐藤選手の場合は規定路線と言えるため、実際には越年は2人と言っていいだろう。まずサインをした涌井投手と中島選手。涌井投手は金額の提示自体は前回と同じ8000万円アップの2億円だったのだが、これに最大2000万円の出来高が付け加えられることになった。この出来高を勝ち取ったのは大友良浩弁護士の手腕だろう。今回の契約更改で涌井投手は、代理人を同席させていた。
立教野球部OBの大友弁護士の立案で付加された出来高払い、具体的には25登板、15勝、勝率.600、200回以上という4項目となった。これらすべてがクリアされれば最大2000万円の出来高払いとなる。4項目とも現代野球においては非常にレベルの高い数字となっているが、今年同様の活躍ができれば、涌井投手ならクリアできる数字だろう。
前回の交渉に関しては涌井投手自身、途中退席を反省していたようだ。確かに「エースの品格」ということを考えると大人気ない対応ではあった。だが査定内容や前田本部長の言葉を聞けば、途中退席したくなるのが普通だったと思う。エースの品格以前に、エースに対する敬意がまず感じられなかったのだから。しかし25日の交渉ではお互いわだかまりは解けて、良い話し合いができたようだ。
良い話し合いと言えば、中島選手も今回は納得してサインをした。金額自体は前回までの2回と同じく2億5000万円だったが、球団からの言葉が大きく変わったようだ。2億5000万円と言えば、西武球団の日本人野手では清原和博氏、松井稼頭央選手、和田一浩選手に並ぶ歴代最高額だ。この額を引き合いに、チームリーダーとしての評価をしてもらったらしい。
やはり選手にとって大切なのは金額以上に言葉なのだ。評価している、期待しているという気持ちをしっかりと言葉で伝えることによって、選手はまた来年も頑張ろうという気持ちになる。だが片岡選手のように「頑張っていない」という評価をされてしまうと、例え金額がアップしたとしてもサインをしたいという気持ちにはならないだろう。
細川捕手にしても右肩・右肘の影響で出場試合数が激減してしまったが、これが公傷扱いされないのでは、選手は安心してプレーすることはできない。右肘痛に関しては、右肩をかばうことで併発させてしまった個所だが、責任は細川捕手ではなく、これを防げなかったコンディショニングコーチにあるはずだ。そしてそのコンディショニングコーチを連れてきているのが球団なのだから、細川捕手の怪我を自己責任とし減俸につなげるのは、筆者は少し違うと考えている。
それにしても主力2人がこのように越年してしまうのは、チームにとっては決してプラスにはならないだろう。ふとカレンダーを見れば、あと1ヵ月ほどでキャンプインとなり、それまでの1ヵ月は選手はそれぞれの地で自主トレに励む。この時期を野球だけに集中できるかできないかで、キャンプイン時のコンディションも変わってくるはずだ。だからこそ契約問題は年内に解決しておく必要があった。契約更改を終えていないということは、それを気にしながら1月の自主トレを行わなければならない。選手にとっては辛いはずだ。
西武球団の仕事初めは1月5日前後だろうか。なるべくなら1月第1週中にでも細川・片岡両選手の契約更改を終えてもらいたい。そして気分良く自主トレに励み、ベストな状態でキャンプインを迎えてもらいたいと思う。
2009年12月26日 17:15
ディー・ブラウン選手の獲得を目指す西武渉外担当
ライオンズの新外国人選手の候補がまた1人明らかになった。今季ドジャース3Aアルバカーキでプレーをしたディー・ブラウン外野手だ。ブラウン選手の簡単な略歴を紹介すると、1978年3月27日にニューヨークのブロンクスで生まれている。その後マルボロ・セントラル高校に進み、96年ドラフト、ファーストラウンドの14巡目で指名され、カンザスシティ・ロイヤルズに入団している。2006年まではロイヤルズ3Aでプレーするも、2007年にはオークランド・アスレティックス3A、2009年からはドジャース3Aに移籍している。今季こそアルバカーキ・アイソトープスで.295、19本塁打、80打点の活躍をしたが、それ以前にはほとんど目立ったキャリアは持っていない。1998~2008年までの10年間の通算成績を見ると打率.233、14本塁打、89打点といかに実績がないかが分かる。
ブラウン選手の詳細な情報を持ち合わせていないため、あまり詳しいことは書けないのだが、出場試合数が少なく、出場していない年も多いため、ひょっとしたらDL(Disabled List)入りが多い選手である可能性はある。
ただ右投左打で外野が守れるというのは、機能すれば打線としては大きなプラスになるだろう。獲得が決まれば主にレフトかDHでの出場が濃厚となるため、ボカチカ選手の穴を埋めるという意味では成り立つ。
バッティングを見る限りでは、ブラゼル選手に近いタイプだと思う。ただブラゼル選手ほどのスウィングスピードはなく、どちらかと言うと詰まらせた打球を反対方向に押し込めるタイプのバッターのようだ。筆者の印象では、日本人の変化球がまったく打てないということはない気がする。
守備に関してはレフト・ライトで入ることが多く、決して上手いと言える感じではないが、少なくとも無難なプレーはできるようだ。エラーはするものの、それでチームの足を引っ張るようなレベルではない。
年俸面ではキャリアでの最高がメジャーに昇格した2001年の20万5000ドルだった。この金額を見た限りでは、獲得しても年俸が5000万円を超えることはありえない。このような数字を1つずつ見ていく限りでは、ライオンズの渉外担当は恐らく第2のブラゼル選手を求めたのだろう。
ちなみに来年の春季キャンプではピート・ラフォーレスト内野手のテストも再度行うようだ。この左打者2選手を合計6000万円以下で獲得することができれば、打線にはかなりバリエーションが生まれる。2選手とも合意までにはもう少し時間が掛かりそうだが、しかし2選手ともにライオンズで活躍をしてもらいたいと思う。
2009年12月25日 16:31
やっと出てきた西武の新外国人投手候補の名前
12月も大詰めになって、やっとライオンズの外国人補強策が見えてきた。例年のことではあるが、ライオンズの外国人補強は非常に時期が遅い。1月になってやっと決まることもあるほどだ。そして今年に関しても例外なく、この時期に来てやっとハッキリとした名前が浮上して来た。ロッテを退団したブライアン・シコースキー投手だ。実はライオンズ、2年前にもシコースキー投手の獲得が噂されていた。だがその頃はグラマン投手がクローサーとして頭角を現していたので、最終的には獲得は見送られ、ヤクルト退団後はロッテに復帰していた。
今季のロッテは荻野投手が不調で、途中からシコースキー投手がクローサーに定着し、8勝5敗15S、防御率2.19という自己最高の数字を残した。しかしシーズン終盤には若干調子を落とし、試合の勝負どころで痛打されるシーンもあった。それが原因なのか、素晴らしい数字を残したにも関わらず、ロッテが提示した来季の年俸は33%減の5000万円(2009年は推定7500万円前後)だった。この金額提示が原因で、シコースキー投手のロッテ退団が決まった。
ライオンズは今季不調だったブルペンの補強を、まだ工藤投手の獲得でしか行っていない。一時期は球団初の韓国人投手の獲得なども検討されていたようだが、交渉は進んではいないようだ。
5000万円以下で獲得できる未知数の外国人投手を連れてくるよりは、8000~9000万円かけてでも計算のできるシコースキー投手の獲得の方が得策だと筆者は考える。グラマン投手にとっても、母国アメリカの先輩が同じブルペンにいてくれれば心強いだろう。
しかもクローサーとしての実績も十分であることから、グラマン投手が完全復帰するまでのクローサー役も任せられる。9000万円出したとしても、決して高い買い物にはならないはずだ。
そしてシコースキー投手はプレーだけではなく、人柄も素晴らしい。人の悪口など一切言わず、真面目で、とても思いやりのある人物だ。新人通訳がボロボロのスニーカーでグラウンドに入り、先輩通訳に叱られている姿を見ると、シコースキー投手は翌日、新品のスニーカーを新人通訳にプレゼントしたというエピソードもあるくらいだ。
以前は子どもの教育を最優先に考え、それを理由に楽天を退団後アメリカに戻ったという経緯があったが、シコースキー投手自身は、今は来季も日本でプレーをしたいと考えているようだ。
とにかく素晴らしい投手なだけに、もし本当に獲得を目指しているのなら早めに契約をしなければ、他球団に先を越される可能性もある。そうなれば非常に遅い時期に振り出しに戻ることになるため、それだけは避けなければならない。西武球団は25日に仕事納めとなるため、まずは明日・明後日の動向に注目してみたいと思う。
2009年12月23日 16:40
中島裕之選手2度目の保留、G.G.佐藤選手も保留
本日中島裕之選手の2度目の契約更改交渉と、G.G.佐藤選手の最初の交渉が行われた。しかし2人とも合意に至ることはなかった。中島選手の前回の交渉は1時間半という長さだったが、今回はその倍となる3時間もの長さで交渉の席が設けられた。交渉担当の前田本部長は、中島選手に対して野手では最も良い評価をしていると言うが、今年ほどの活躍をしたというのに4000万円アップの2億5000万円に留まっている。
確かにライオンズは今季4位という不甲斐ない結果に終わってしまった。いくら野球というスポーツに連帯責任という言葉が存在しているとは言え、選手の年俸にはこれを持ち出してはならないと思う。チーム経営の難しさは筆者もよく理解しているつもりではいるが、チームの顔として1年間フルで活躍した選手に対しては、もっとしっかりと上げて欲しいと思う。そうしなければ我々ファンも、夢が見られなくなってしまう。
中島選手自身は今回は妥協なく、納得行くまで話し合う姿勢でいるようだが、それは正しいと思う。年俸を上げてもらえる明確な要素がある限り、納得行くまで話し合うべきだ。なぜならもし来年万が一怪我でもしようものなら、1年後には年俸が急落している可能性もあるのだから。
一方のG.G.佐藤選手だが、こちらは今年も大方の予想通り越年となりそうだ。球団と代理人(吉田朋弁護士)の間では何度か下交渉が行われたようだが、今日提示された額は3300万円増の1億+出来高払いだった。筆者の感覚ではこの増額+出来高は十分すぎるアップだと感じたが、G.G.佐藤選手はこれを不服とし、サインすることはなかった。
だが今回のG.G.選手の話し合いは金額そのものよりも、公傷に関して意見が食い違ったのだろう。来年しっかり活躍すれば1億2000万円前後もらえるであろう金額を考えると、今年の活躍内容を元に金額で意見が食い違ったとは考えにくい。
しかし筆者の予想では、こちらは次の交渉あたりでまとまるのでは思っている。3年連続キャンプインまで伸びることは今回はないだろう。だが心配なのは中島選手だ。G.G.佐藤選手のアップは3300万円+出来高。だが中島選手は4000万円のアップのみ。活躍度合い、チームへの貢献度を考えると、中島選手はG.G.佐藤選手よりもはるかに上だ。それなのに金額にほとんど差がないのはあまりにも不自然というもの。
確かに元々の年俸差はあるが、それにしても中島選手への評価はあまりに低い。このまま平行線をたどれば、ひょっとしたら中島選手の方が未更改のままキャンプインを迎える可能性がある。だがチームリーダーをそういう立場にしてはいけない。もはや中島選手は西武の顔ではなく、球界の顔なのだ。その球界の顔に対し、西武球団はそれに見合った評価をするべきだろう。
チーム経営が苦しい時期であるということはよく分かっているが、しかし中島選手の集客力を考えれば、3億円の提示があっても誰も不思議には思わないだろう。ではなぜ上がらなかったのか?それは恐らくホームラン数に関係するのだろう。もし中島選手の打率が3割弱でもホームランが30本以上であれば、3億円近い提示があったのではないだろうか?あくまでも推測の域を出ることはないが、その可能性は否定し切れない。
とにかく今言えることは、中島選手にはスッキリとした気持ちで来年を迎えてもらいたいということだけだ。
2009年12月23日 00:31
菊池雄星投手のピッチングフォーム解析
西武入団決定以来、何かと周囲がにぎやかになってきた菊池雄星投手。所沢の地は気に入ったようだが、入団会見前、都内で髪を切って2万円取られたことには驚いたようだ。雄星投手のあの髪型で2万円とは確かに驚きの値段だ。いつもは1000円カットの店を愛用している雄星投手本人は、本当にさぞ驚いたことだろう。さて、今日はそんな菊池雄星投手のピッチングモーションの解析を行ってみたいと思う。対象としたのは、背番号17を背負った高校1年の夏と、エースナンバーを背負った高校3年生の夏の2つ。果たしてこの2年という短い時間の中、雄星投手はどのような進化を遂げていたのだろうか?
まず目に付くのは体格だ。高校入学時は67kgしかなかった体重が、高3までで16kg増えている。1年の夏は身体の柔軟性だけでスピードボールを投げていたのが、3年になると体幹がしっかりし、地に足が着いた根張りのあるモーションになっている。特に前脚をプレートに掛けた時が違っている。1年では身体が前へ行こうとしているのが見え見えなのが、3年では体重をセカンド方向にしっかり残せている。つまりこれは、タメができているということになる。
前脚を完全に上げ、軸足1本で立つ瞬間にも同じことが言える。1年では素直に真っ直ぐ立ってしまっているのが、3年ではタメができている分関節それぞれの可動性に余裕を残すことが出来ている。身体自体は、間違いなく3年よりも1年の頃の方が柔らかかったはずだ。16kgの筋肉が増えたのだから、それは当然だと言える。しかし関節や筋肉の使い方という点に話を絞ると、さすがに3年の方が柔らかく使えている。これは先天性の身体の柔らかさに加え、後天的ストレッチが効果を表した結果だろう。
前脚が上がり切ると、軸足を曲げながら重心を下ろし、ステップしていくのだが、この時点から3年と1年では大きくモーションが変わっている。まず1年の頃は、担ぎ投げに近い状態になっている。つまり握ったボールの加速距離が、テイクバックからリリースまでの間で短いのだ。だが3年になるとテイクバックで肩甲骨をしっかりと脊柱に引き寄せられるようになっていて、加速距離が増している。
専門用語を使って説明すると、1年ではテイクバック~コッキング~アーリーアクセラレーション~レイトアクセラレーション~リリースという流れになっていたのが、3年になるとスクラッチモーション~テイクバック~コッキング~アーリーアクセラレーション~レイトアクセラレーション~リリースという流れになっている。つまりスクラッチモーションが加わっているのだ。
スクラッチモーションが加わるとどうなるかと言うと、ボールの加速距離が増えるだけではなく、身体の切れも増す。現在ライオンズの現役投手でスクラッチモーションがあるのは、西口投手、岸投手、星野投手、そして工藤投手の4人だけだろう。スクラッチモーションとは、テイクバックまでのプロセスで、投球腕がイン・スパイラル(内回旋)している状態のこと。なぜこれが必要かというと、スクラッチモーションがあることでSSCを引き起こすことができるからだ。
SSCとはストレッチ・ショートニング・サイクルの略語で、生理学用語となる。筋肉が引き伸ばされると(ストレッチ)その情報が神経を介し脊髄に送られ、そこで情報が処理され、今度は引き伸ばされた筋肉を素早く収縮(ショートニング)させようとする作用のことだ。投球時に腕がしなって見える現象は、このSSCが引き起こしている。
さて、話をリリース前後に戻すことにしよう。雄星投手は3年生になると、コントロールが格段と良くなった。その要因に挙げられるのはターゲティングだろう。ターゲティングとは、アーリーアクセラレーション時、投球腕の肘の骨頭が、投げたい方向にしっかり向けられている状態のことだ。ピッチングにおけるコントロールとは、肘を使ったこの照準合わせが鍵を握っている。だからコントロールを良くしたいと考えるなら、まずはこのターゲティングをしっかり見直すことが近道となるだろう。
1年の雄星投手はこのターゲティングがやや1塁方向を向いている。だが3年になるとしっかりとキャッチャーミット側に向けられるようになっている。ほとんど0.0数秒の世界の話となるが、これができるだけでフォアボールの数は劇的に減るわけだ。
だが注意してもらいたいのは、ターゲティングそのものは肘への意識集中で行うべきものではない。まずはピッチャーとして必要な下半身を手に入れ、その手に入れた下半身を上手に使えるようになって、初めて自然発生するのがターゲティングなのだ。強靭な下半身なくして、ただ肘だけでターゲティングを意識したら、野球肘になる日は近いだろう。そのためターゲティングを手に入れるためには、まずは走り込みが大切だ。ちなみに雄星投手は中学時代から毎日休むことなく10kmのロードワークを行っている。
ターゲティングが行われ、実際にボールがリリースされていくと、腕はフォロースルーという状態に入る。そして雄星投手に対し、筆者が最も注目しているのがこの段階なのだ。
1年ではフォロースルーで、腕をイン・スパイラルさせることができているのだが、3年では真っ直ぐに近い状態で腕を振り下ろしている場面が多い。雄星投手は3年の夏、肋骨を骨折していたようだが、ひょっとしたら腕の振り方に原因があったのかもしれない。
ピッチング動作で肋骨が折れるということは、それだけ腕のスウィングスピードが速いということを意味する。雄星投手の場合150km以上のボールを投げるわけだから、腕も当然150km以上のスピードでスウィングされている。だがこの時、フォロースルーの腕にイン・スパイラルが掛かっていれば、腕は身体に巻き取られるようにして衝撃を吸収することができる。投球腕を前から回し、反対側の背中をパチンと叩くような状態だ。雄星投手の場合、ボールをリリースした左手で右の背中を叩く状態となる。
だがイン・スパイラルが発生していない場合、150kmで振られた腕の衝撃は肘・投球腕側の背中などを使って吸収する必要がある。こうなってくると肩甲棘と上腕骨が0ポジションから外れ、身体にあらゆる負担を与えてしまう。恐らく肋骨の骨折は、この時の衝撃が原因となっているのだろう。もし1年の時のようにフォロースルーにイン・スパイラルが掛かっていたなら、肋骨に衝撃が与えられることはなかったと思う。
しかし必要以上の心配をする必要はないだろう。なぜなら、雄星投手はまだまだプロの体格ではないからだ。今後柔軟性をキープしつつ筋力を増やせていければ、脊柱を軸としたスピンも安定し、フォロースルー時のイン・スパイラルも引き起こしやすくなるはずだから。あとは骨盤の移動などを今後学んでいければ、夢の160kmも夢ではなくなる日が来るだろう。
骨盤の動かし方を意識できるようになれば、慣性モーメントがさらに小さくなる。慣性モーメントが小さくなれば脊柱軸スピンにさらに鋭さが増し、球速もアップする。
恐らくライオンズの投手陣の中で、骨盤の使い方に関し最も知識を持っているのは星野投手だろう。雄星投手にとって工藤・涌井・岸投手らは良き先生になってくれると思うが、それと同じだけ星野投手から学べることは多いはずだ。特にピッチングのメカニズムに関することは、ぜひ星野投手から多くを盗み取ってもらいたい。
さて、これからプロの門を叩き、雄星投手がどのように成長していくのか、ファンならずとも関心の高いところだと思う。超高校級の雄星投手と言えど、プロ1年目の松坂大輔投手と比べるとまだまだ完成度は低い。だがその分伸び白が広いことも確かだ。今後プロレベルに馴染んだ時の雄星投手を、早く西武ドームのマウンドで見てみたい。
2009年12月22日 17:03
#10 高木大成
#10 高木大成 - Taisei Takagi
内野手(ファースト)、右投左打
1995年ドラフト1位
桐蔭学園~慶応大~埼玉西武ライオンズ
東京都八王子市出身、1973年12月7日生、179cm / 79kg
高木大成、引退してなおこれだけ人気の高い選手も稀だと思う。本人曰く、引退後は現役時代よりも多くサインをしているらしい。筆者も本当に大好きな選手だった。夢は怪我に叶わなかったが、筆者が桐蔭~慶応の野球部を目指したのは高木大成さんの影響が絶大だった。当時中学1年生だった筆者は桐蔭学園の大成選手のプレーを見て、この人の後輩になりたいと強く思ったものだった。
高校時代の大成さんは神奈川県下ナンバー1キャッチャーと評され、人望も厚く、アメリカ遠征では高校選抜チームのキャプテンとして松井秀喜選手らと共に活躍した。直後のドラフトでは多数の球団が上位指名を検討していたが、しかし大成さんが選んだ道はプロ野球ではなく、慶応大学総合政策学部だった。
慶応野球部でも1年生の頃からすでに主戦選手として活躍した。背番号も27を背負い、キャッチャーとしてもバッターとしても高い期待が寄せられていた。そしてその期待に背くことなくその後、大成さんは桐蔭学園2学年後輩の高橋由伸選手らと共に慶応大学をリーグ優勝に導いた。
大学3年生になった94年、44年振りに行われた天覧試合では、早稲田を相手にホームランを放つなど、大舞台での勝負強さも見せ付けた。4年生になるとキャプテンに就任し、名実共にチームを引っ張る存在となる。ベストナインには3回選出され、27二塁打は歴代最多だった。
大学野球を代表する中距離ヒッターとして、さらには好守備を幾度も披露したキャッチャーとしてプロからの注目は益々上がっていった。複数球団が獲得を目指した中、大成さんが選んだのは西武ライオンズだった。八王子出身の大成さんは子どもの頃から大のライオンズファンで、西武球場にも頻繁に通っていた。まさに相思相愛でのドラフト1位指名だった。
新人選手の単独入団会見は西武では清原和博選手以来だった。大成さんはそれだけ注目度が高く、期待の新人だったわけだ。そしてもらった背番号も10。大学ではいわゆるキャプテンナンバーで、ライオンズからも将来はリーダーとしてチームを引っ張ってもらいたいという期待をされていた。
しかしプロの壁は厚かった。1年目は伊東勤捕手との正捕手争いに加わったが、結果としては敗れてしまった。大成さんはキャッチャーとしては決してレベルは低くなかった。いや、むしろルーキーとしては上出来とも言えた。だが伊東勤というキャッチャーは、それ以上に素晴らしいキャッチャーだったのだ。
2年目からは大成さんのバッティングを活かすため、当時の東尾修監督はファーストへコンバートさせた。するとこれが見事に成功し、1番松井稼頭央、2番大友進、3番高木大成の俊足トリオは三羽カラスと呼ばれ他球団の脅威となった。まさに当時のスローガン「Hit!Foot!Get!」の象徴的存在だった。
今でこそ「レオのプリンス」は岸投手の呼び名となったが、97・98年に西武がパ・リーグを連覇した頃は、この称号はまだ大成さんのものだった。甘いマスクは女性ファンを虜にし、反面闘志溢れるプレーは男性ファンを魅了した。
大成さんは非常に温厚に見えるが、ユニフォームを着ると常に温厚というわけではない。甲子園出場時にはファールの判定で審判に詰め寄ったこともあるし、プロ入り後も不甲斐ないバッティングをしてしまうとダグアウトに戻り、バットでダグアウト前のボール避けフェンスを叩き壊すこともあった。つまり言い換えると、大成さんはそれだけ野球に対し本気だったというわけだ。
彼のそういうプレーを見続けていた解説者たちは口々に言っていた。「早く彼に3割を打たせてあげたい」と。
入団3年目までは順調すぎる野球人生を歩んでいた。しかし99年以降は怪我に泣かされた。最初は怪我ではなかったが、98年のオフに右肘遊離軟骨の除去手術を受け、99年2月2日にはキャンプ開始早々守備練習時に右足首を捻って関節外側側副靭帯を断裂し、1週間後に手術。この時はシーズン中盤での復帰が予想されていたが、しかし大成さんは4月27日早々1軍に戻ってきてくれた。
だがその後も左ひざ痛や肘痛に悩まされ、出場試合数は年々減少していった。それでも2003年には4試合連続ホームランを放ち復活を印象付けた。だが好調をキープすることは出来ず、翌2004年は右腕手術の影響でプロ入り初の1軍未出場に終わる。
そして2005年は13試合に出場するも、千葉マリンで行われたプレーオフ初戦の前夜、戦力外通告を受けることとなった。この時大成さんは他球団でのプレーに挑戦することも考えたようだが、大好きなライオンズのユニフォームを着て野球を辞めたいという思いから、10月31日、現役引退を発表した。
数字以上にファンに印象を残した素晴らしい選手だった。通算ホームラン56本のうち、5本が満塁ホームラン。チャンスでは必ず打ってくれる印象を回りに与えてくれる選手だった。
筆者にとっては97年オフ、渡辺久信投手の戦力外同様に悲しいニュースとなった。久信投手にしろ大成選手にしろ、筆者は彼らが高校時代から応援し続けていた。そして「ライオンズに入って欲しい!」という願いも通じ、2人ともライオンズに入団し、主力として活躍。大ファンだったし、野球選手として尊敬し、憧れていた。そういう選手が戦力外通告を受けたと知ると、胸が張り裂けそうになる。
その後同じく、中学・高校時代から応援し続けライオンズに入団したのは松坂大輔投手と涌井秀章投手だ。特に松坂投手は中学時代のプレーからよく知っている。この2人にはぜひ自らの意思によって引退できるまで、怪我なくプレーを続けて欲しいと思う。
引退後の大成さんは西武の球団職員として、事業部マーケティンググループ課長というポストに就いた。主にファンサービスを向上させる部署だ。ホームページ上で行った「大成ラボ」は多くのファンから反響があり、現在のファンサービス向上の礎となっている。
アマチュア選手への金銭供与問題で放送取りやめになってしまったが、球団初のテレビコマーシャルを制作したのは誰でもなく高木大成さんだった。テレビでは流れなかったが、西武ドームでは流されていた。1人の少年の夢を選手たちがボールで繋いでいく、本当に素晴らしく、実に印象的なCMだった。この作品が電波に乗ることなく、本当に残念でならない。
西武ライオンズという球団が変わり始めた切っ掛けは、大成さんが内側に加わってくれたことが大きかったと思う。西武グループからの出向組が多くを占める西武球団にとって、大成さんのような新しい血がカンフル剤となったのだろう。金銭供与問題で膿みも出し尽くされ、変わらなくてはならないという背水的状況もプラスに働いた。この時の大成さんの球団イメージ回復への尽力は、きっと計り知れないほどだったのだろう。
| 打撃成績 Batting Results | ||||||||||||||||||||||
| 年 度 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
| 1996 | 80 | 251 | 234 | 34 | 65 | 11 | 0 | 4 | 88 | 24 | 3 | 2 | 3 | 1 | 12 | 0 | 1 | 34 | 1 | .278 | .315 | .376 |
| 1997 | 130 | 532 | 474 | 75 | 140 | 27 | 4 | 7 | 196 | 64 | 24 | 7 | 6 | 4 | 47 | 2 | 1 | 62 | 11 | .295 | .357 | .414 |
| 1998 | 134 | 586 | 504 | 70 | 139 | 26 | 2 | 17 | 220 | 84 | 15 | 13 | 7 | 8 | 66 | 1 | 1 | 68 | 12 | .276 | .356 | .437 |
| 1999 | 110 | 413 | 360 | 51 | 98 | 15 | 3 | 7 | 140 | 54 | 13 | 5 | 5 | 2 | 44 | 2 | 2 | 43 | 10 | .272 | .353 | .389 |
| 2000 | 94 | 374 | 316 | 47 | 74 | 18 | 2 | 9 | 123 | 44 | 3 | 4 | 9 | 0 | 47 | 1 | 2 | 66 | 3 | .234 | .337 | .389 |
| 2001 | 67 | 210 | 192 | 22 | 40 | 13 | 1 | 4 | 67 | 18 | 5 | 4 | 0 | 2 | 15 | 0 | 1 | 29 | 5 | .208 | .267 | .349 |
| 2002 | 36 | 72 | 65 | 9 | 13 | 0 | 0 | 2 | 19 | 8 | 2 | 0 | 2 | 0 | 5 | 0 | 0 | 16 | 1 | .200 | .257 | .292 |
| 2003 | 56 | 136 | 118 | 16 | 28 | 3 | 2 | 6 | 53 | 20 | 2 | 0 | 0 | 3 | 15 | 0 | 0 | 25 | 1 | .237 | .316 | .449 |
| 2005 | 13 | 22 | 17 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 3 | 3 | 0 | 1 | 0 | 1 | 4 | 0 | 0 | 5 | 0 | .118 | .273 | .176 |
| 通算 | 720 | 2596 | 2280 | 325 | 599 | 114 | 14 | 56 | 909 | 319 | 67 | 36 | 32 | 21 | 255 | 6 | 8 | 348 | 44 | .263 | .336 | .399 |
2009年12月21日 14:54
工藤投手、初の千葉自主トレ慣行
工藤公康投手は来年1月の自主トレを千葉県の館山で行うことにしたようだ。これまでの工藤投手の自主トレ地は2002年以降はずっとアリゾナで、ランディ・ジョンソン投手と共に汗を流すシーンが印象的だった。だが戦力外選手となった今、工藤投手はもう一度自分を追い込むため、館山に1人で乗り込む決意をしたらしい。1人と言っても、恐らく練習パートナーは連れて行くのだろう。1人というのはあくまでも後輩を連れて行かないという意味だ。これまでの工藤投手は毎年自費で後輩投手たちを自主トレに連れて行っていた。そしてその中から巨人時代の後輩山口投手らが立派に成長している。
自主トレ地に寒い場所を選ぶ選手は少ない。暖かい地へ赴いて身体をじっくり作り上げるのがスタンダードとされている。しかし中には現役時代の石井貴コーチのように雪山に篭ってある意味精神修行のような自主トレを行う選手もいる。
だが工藤投手の考えは少し違う。暖かい場所で自主トレをすると「肩が出来たと勘違いしてしまうことがある」という理由からだ。ライオンズの1軍キャンプ地は宮崎県の南郷。いくら南の地とは言え2月はまだ肌寒い。さらに言えば来シーズンの開幕となる3月20日西武ドームは肌寒いどころか、本当に寒い。このような条件で投げることを考慮し、工藤投手はあえてまだ寒い千葉を自主トレ地に選んだ。
館山は東京と比べると2~3度気温は高いらしい。寒過ぎないというのはピッチャーにとっては重要かもしれない。以前は茨城県の鹿島で自主トレをしたこともあった工藤投手だが、茨城となると館山よりは気温は低かったはずだ。
自主トレ期間は1月上旬から3週間ほどで、主にリリーバーとしての体力強化や体感トレーニングを行うらしい。後輩選手を一切連れて行かないということを考えると、投げ込みを行うことはないのかもしれない。
いずれにしても工藤投手には大きな期待が寄せられていて、工藤投手自身もそれを十分に感じ取ってくれている。西武ファンが工藤投手に寄せる思いは、ホークス・巨人・横浜ファンよりもずっと強い。何しろ黄金時代を築き上げた1人が再び選手として戻ってくるのだから当然だろう。
工藤投手は西武ファンの思いを人一倍感じ取っているだけに、あえて自分を追い込むような自主トレをを選んだのかもしれない。西武ドームで不甲斐ないピッチングはしたくない、きっとその思いも強いはずだ。だからこそ工藤投手にはコーチのような立場ではなく、1人の選手として大きな期待を寄せたい。それがファンとして、工藤投手への最低限の礼儀のような気がする。
2009年12月21日 01:03

