
岸孝之投手のピッチングフォームについて

今回は岸孝之投手のピッチングフォームについて、筆者なりの解説をしてみたいと思う。岸投手のピッチングフォームは非常に美しく、それはライオンズ投手陣の中でも、3本の指に入るほどだろう。だがいくつかのもったいない点もあるため、なかなかエース涌井秀章投手を追い抜くことが出来ない。
まずは線の細さだ。いや、厳密には細い体型は問題ない。問題なのは、その細さの要因だ。一流に名を連ねる選手・指導者のほとんどが食にこだわりを持っている。ライオンズで言えば工藤公康投手、中村剛也選手、菊池雄星投手が食に対する関心が高い。特に工藤投手は「粗食」に関しての本を何冊か出しているほどで、その本は雄星投手も読破しているようだ。
一方の岸投手は、食に対してはとても弱さを持っている。登板直前には緊張して食べ物が喉を通らなくなることもあるそうだ。ひどい時は吐き気を催すこともあるらしい。そしてもちろん、日々の食事の量も他選手と比べるとかなり少ない。
人間の身体というのはとても面白いもので、空腹感を感じると筋肉を破壊してでもその空腹を満たそうとする(残念ながら脂肪はあまり破壊されない)。つまり岸投手のように食事の量が絶対的に少ない選手は、激しいトレーニングをしても超回復(練習で疲れた筋肉が、パワーアップして回復すること)に必要な栄養が追いつかなくなってしまう。つまり、筋力をキープすることはできても、筋力をアップさせることが非常に難しいのだ。
もし岸投手が今後この点について工藤投手を参考に見直すことが出来れば、被ホームランは大幅に減るだろう。だが今のままでは、身体に疲労が溜まってきた時にベストパフォーマンスを出せなくなってしまう。つまり試合終盤や、シーズン後半と言った場面だ。まだ年齢が若い今は問題ないのだが、25歳を過ぎると筋肉はどんどん硬化していき、野球選手としての身体のピークは平均して27歳で終わりを告げる。「27歳までにメジャーに行く」というイチロー選手のこだわりは、ここから来ていたわけだ。
さて、話を本題に戻しフォームについて語ってみようと思う。岸投手のフォームで1番良い点は、身体の細さだ。もし岸投手のフォームで、体型だけが筋肉で一回り大きくなってしまったとしたら、今までのようなボールは投げられなくなるだろう。岸投手のボールは、あの細身の体型だからこそ投げられるボールなのだ。
身体が細いということは、慣性モーメントが小さくなる。慣性モーメントとは、回旋のしにくさを表すもので、小さければ小さいほど回旋しやすくなる。岸投手の場合は投球時、慣性モーメントが小さいために脊柱(背骨)を軸にして身体をスピンさせやすくなる。ボールのスピードをアップさせるために最も必要な要素が、この脊柱軸の回旋スピードのアップなのだ。岸投手があれだけ細くても145kmのボールを投げられる要因がここにある。
145kmのボールを投げるためには、単純に考えると腕を145kmでスウィングする必要がある。だが肩・腕周りにある約40種類の筋肉を使ってそれをやろうとしても不可能なのだ。いくら筋肉があっても、その筋肉だけで速球を投げることは出来ない。
岸投手の身体には投球時、2つの回旋運動が出現する。1つ目は脊柱、2つ目は投球腕。この2つの関係としては、脊柱軸が回旋してこなければ、投球腕は回旋しない。つまり、投球腕の回旋だけを意識しても、投球腕は回旋しない。脊柱軸が回旋して、初めて回旋してくるのが投球腕なのだ。
岸投手の場合、この2つの回旋運動があるからこそ、あの細い身体でも145kmのボールを投げることが出来ている。もしこの記事をお読みの方で球速を上げたいと頑張っているのなら、ウェイトトレーニング以前に必要なことがある、ということを知っておいてください。筋トレだけでは球速はアップしません。
脊柱、投球腕に回旋が出現しているからこそ、岸投手の腕はしなやかに見える。映像や連続写真などを見ると分かるのだが、スウィング時の岸投手の腕はまるで鞭のようにしなっている。これだけ腕をしならせられるピッチャーは、プロ野球界にもそれほど多くはないだろう。
続いて変化球だが、岸投手のウィニングショットはカーブだ。だがインタビューなどを聞いたり読んだりしていると、岸投手は「手首をひねらないで投げている」とよく口にしている。だがこの岸投手の言葉をそのまま信じてはいけない。これは、岸投手自身にひねっている感覚がないだけで、実際には間違いなくひねられている。
だがそれは他のピッチャーのひねりとは違う。他のピッチャーはリリース時、手首をEXスパイラル(外回旋)させてカーブを投げることがある。この投げ方でカーブを投げるのは非常に危険だ。この投げ方だとリリース後のフォロースルーで、肘が抱えたエネルギーの逃げ場がなくなってしまう。つまり、肘を壊す危険性が非常に高いのだ。そのため近年、少年野球などでは変化球を投げることを禁止するルールも出来ている。筆者としてはこのルールは非常にナンセンスだと考えている。正しい投球モーションを学び、教えられる指導者がいれば、変化球で肘を壊す心配はいらない。もちろん過多となると話は別だが。
しかし岸投手のひねり方であれば、変化球が原因で肘を壊す心配はない。岸投手は確かに手首そのものは単独ではひねっていない。だがリリース時からは、腕全体をINスパイラル(内回旋)させている。分かりやすくいうと、リリース後に手のひらがキャッチャー方向を向いている状態だ。こうすることで肘に余分なエネルギーが残らず、故障の危険性は大幅に下がる。
岸投手のカーブは恐らく、中指だけで投げているのだと筆者は見ている。人差し指はボールから浮かせている状態に近く、親指にもグリップ感はほとんどないはずだ。まさに中指の腹からボールを抜く感覚で投げている。
ストレートとの違いは、人差し指と中指の指先で弾くか、中指の腹から抜くかだけだと思う。この僅かな違いを、18m離れた場所からバッターが見極めることはほぼ不可能だろう。岸投手のストレートとカーブは、バッターからしたらボールが放たれたあとにならないと見極めができないわけだ。
ここまで色々と書いてみたが、岸投手のピッチングフォームは本当にバランス感覚に優れた動きをしている。涌井投手もバランスの良さを高く評価されているが、筆者が見た限りでは、動き全体のバランスは岸投手の方が上だと思う。だがフィジカルの部分で岸投手にはまだ弱さがある。
最後にも1点、左股関節について。よく言われる体重移動というのは、上半身の重さを軸足股関節から、前足股関節に移す作業のこと。右投げの岸投手の場合は右股関節から、左股関節に体重を移動させる。この体重移動に関しても、岸投手は本当に素晴らしい。この体重移動があるからこそ、ボールに強さが増すのだろう。
ちなみに余談ではあるが、筆者は身長が175cmで体重が70kgある。体脂肪率は11%なので、太ってはいない。だが岸投手は180cmもありながら、体重は68kgしかない。筆者の方が5cmも背が低いのに、体重は岸投手の方が2kgも少ない。
スポーツを経験された方なら、筋肉で体重2kg増やすことがどれだけ大変か分かってもらえると思う。岸投手の体脂肪率が何%なのかは筆者には分からないが、13%を超えていないことだけは間違いないだろう。ひょっとしたら10%未満かもしれない(イチロー選手は5%)。
やはり岸投手がもう一段階ステップアップするためには、冒頭に書いた食事量の改善が必要になってくると思う。ちなみによきライバルである涌井投手は横浜高校出身だけあって、プロ野球選手の中でも食事量が多い方らしい。だから僅か5年という短期間であれだけ身体を大きくすることが出来たのだろう。
岸投手が今後食事によって身体をあと少し大きくすることが出来れば、15勝は計算できるだけのピッチャーになれるはずだ。そもそもあのストレートとカーブ、そして切れ味抜群のスライダーにチェンジアップを持っていて、今年13勝しか出来なかったことの方が不思議なのだ。もし途中でスタミナ切れさえ起こさなければ、涌井投手と共に最多勝争いをしていたはず。
今オフ、岸投手自身も自覚している食事に関する問題点を、どうやって克服してくるか。それとも補ってくるのか。筆者はその点にも注目してオフ・春季キャンプを見守って行きたいと思う。


2009年11月17日 16:44 Tweet


