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#54 アレックス・グラマン


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#54 アレックス・グラマン - Alex Joseph Graman

投手(クローサー)、左投左打
1999年MLBドラフト4順目
インディアナ州立大学~ニューヨーク・ヤンキース~埼玉西武ライオンズ
アメリカ合衆国インディアナ州出身、1977年11月17日生、193cm / 91kg
2009年推定年俸:1億5000万円
球種:カーブ、チェンジアップ、スライダー

グラマン投手の現状、復帰までを予測してみる
グラマン投手は開幕までに間に合うのか?!
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グラマン投手が日本にやってきたのは2006年のシーズンからだった。2004年にヤンキースでメジャーデビューを果たすも結果を残すことができず、翌年シーズン中に解雇。その後シンシナティ・レッズのマイナーで投げていたところを西武・日本ハムのスカウトの目にとまった。2005年のシーズンオフは西武と日本ハムにて争奪戦が繰り広げられ、グラマン投手がどちらに入団するかが注目されていた。

筆者はこの時、グラマン投手は活躍できると確信した。もちろんそれまでにグラマン投手のピッチングは見たことはなかったし、グラマン投手の名前すら知らなかった。しかし日本ハムのスカウトの外国人ピッチャーを見る目は確かだとずっと思っていたため、単純に「日本ハムのスカウトが良いと確信したのなら、これは間違いないな」と思ったのだ。

だが来日1~2年目はなかなか活躍ができなかった。先発投手として期待されていたのだが、先発投手としての投球術をほとんど持っていなかったのだ。長身から投げ下ろすストレート、ストレートと同じ腕の振りで投げられるチェンジアップ、そこにカーブとスライダー。一球一球は素晴らしいボールを持っていたのだが、先発としてそれらの球種を上手く操ることができなかった。

先発ピッチャーとなると日本では、だいたい130球前後のボールを投げる必要がある。メジャーのように100球で降板させることは外国人監督でなければありえない。そんな状況下で、先発ピッチャーとしてペース配分ができなかったのだ。ストレートもマックスは150kmを超えるピッチャーなのだが、先発だと常に全力投球するわけにはいかないため、どうしても球速が140km弱になってしまう。これではプロじゃなくても、レベルの高い高校生なら打ててしまうだろう。

だが西武入りして2年目となる2007年のシーズン、5月までは先発だったのだが、6月になると荒木ピッチングコーチはグラマン投手をリリーバーとして起用するようになった。これがグラマン投手の選手人生を大きく変えた。適材適所という言葉があるが、グラマン投手にとってはリリーバーというポジションがまさに適所だったのだ。

先発では140km前後しか出なかったストレートが、短いイニングしか投げないリリーバーに転向したことで常時150km弱出るようになった。150km出されると、いくらプロのバッターであっても簡単に打つことはできない。しかもストレートと同じ腕の振りでチェンジアップを投げてくるため、バッターからすると的が絞れないし、タイミングを合わせることも難しくなる。

グラマン投手のリリーフ転向は大成功だった。先発ではほとんど結果を残すことができなかったのが2007年はリリーバー、そしてクローサーとして17セーブ・2ホールドを記録した。しかもグラマン投手がクローサーになったのは7月に入ってからだったにも関わらず、17セーブはリーグ5位という立派な数字だった。

2008年シーズンは不動の守護神として開幕を迎え、期待にたがわぬ結果を残してくれた。シーズン最後の最後まで防御率は0点台で、ライオンズの野球は確実に8回までで終わっていた。9回に投げるグラマン投手から得点するのは、ほとんど不可能に近い状態だった。だがプレッシャーからだろうか。勝てば優勝が決まるという場面で楽天のホセ・フェルナンデス選手に逆転ホームランを打たれるなど、シーズン終盤に多少調子を落とした。この楽天戦は筆者も西武ドームにいたのだが、このホームランがスタンドに飛び込んだ瞬間、西武ドームにはファンたちの悲鳴だけがこだました。

しかしグラマン投手はアメリカでもリリーフ経験はなかったのだ。リリーフに転向して1年半、しかも尋常ならぬプレッシャーが掛かる場面で平然と投げる方がおかしかったのだ。ある意味フェルナンデス選手に打たれたホームランは、グラマン投手の人間らしさを表した一発だったように思える。現に初めて体験したクローサーとしてプレッシャーを乗り越えたあとは、日本シリーズで合計3イニングを無失点で投げ切っている。

2009年のシーズンが始まる直前、グラマン投手はインタビューに応じていた。その中で先発とリリーフの違いを聞かれていたのだが、グラマン投手は実に冷静に受け答えをしていた。「先発として、リリーフとしての違いはなく、常にベストを尽くすことだけを考えている。調整法も特に何も変えていない」というようなことを静かな口調で語っていた。

だがシーズンが始まると左肩に痛みを覚え、4月早々に1軍登録を抹消されてしまった。それでも5月4日にすぐに復帰してきたのだが、しかしその直後、すぐに抹消されてしまった。そして精密検査を受けた結果、左肩関節胞断裂と診断された。この症状について筆者はよく知っているのだが、尋常じゃない痛みが伴う。ひどいとボールを投げるどころか、歯ブラシだって握れないほどの激痛が走る。グラマン投手がどのタイミングで断裂を起こしたのかは定かではないが、しかし断裂後にも投げていたとしたら、グラマン投手の闘志は間違いなく本物だと言える。

5月4日に1軍に戻ってきた時も、絶対に痛みはあったはずだ。それでもライオンズの勝利のためにマウンドに登ろうとしたグラマン投手は、まさに青い目の侍だ。恐らくこの故障は公傷扱いになるため、今オフの大幅な減俸はありえないだろう。筆者の予想では現状維持で契約更改されるのではと考えている。

一応2010年には復帰予定ということになってはいるが、開幕に間に合うかどうかはまだ分かっていない。渡辺監督としても、恐らくゴールデンウィーク前後に間に合えば御の字と考えているのではないだろうか?ライオンズにとってグラマン投手の存在は今や欠かせない。早く傷を癒し、一日も早く西武ドームの9回のマウンドに戻ってきて欲しいと思う。もし来年グラマン投手と小野寺投手が高いレベルで守護神の座を争うようになれば、ライオンズの野球は7回で終わることになる。7回までリードを守ることができれば、確実にその試合を物にすることができる。西武ファンはもうサヨナラ負けの悪夢を見なくても済むようになるだろう。

 投球成績 Pitching Results


























ニューヨークヤンキース
2004 3 0 0 0 0 0 0 0 31 5 14 1 2 0 0 4 0 0 11 11 19.80
2005 2 0 0 0 0 0 0 0 9 1.1 3 1 2 1 0 0 0 0 2 2 13.50
埼玉西武ライオンズ
2006 13 4 6 0 0 1 0 0 324 74 87 13 19 0 3 41 1 2 41 35 4.26
2007 40 4 6 17 2 0 0 0 353 79.1 84 6 34 0 2 61 3 1 43 36 4.08
2008 55 3 3 31 4 0 0 0 226 57 47 3 13 1 0 42 2 0 12 9 1.42
2009 6 0 2 3 0 0 0 0 22 5 6 1 2 0 0 1 1 0 3 3 5.40
通算 119 11 17 51 6 1 0 0 965 221.2 242 25 73 2 5 149 7 3 112 96 3.89


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2009年10月19日 16:01 


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