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#55 工藤公康



#55 工藤公康 - Kimiyasu Kudoh

投手(先発、リリーフ)、左投左打
1981年ドラフト6位
名古屋電気高(愛工大名電)~西武ライオンズ~ダイエーホークス~読売ジャイアンツ~横浜ベイスターズ~埼玉西武ライオンズ
愛知県豊明市出身、1963年5月5日生、176cm / 80kg
タイトル:シーズンMVP(1993、1999)、最優秀防御率(1985、1987、1993、1999)
最高勝率(1987、1991、1993、2000)、最多奪三振(1996、1999)
最優秀投手(2000)、ベストナイン(1987、1993、2000)
ゴールデングラブ賞(1994、1995、2000)
日本シリーズMVP(1986、1987)、正力松太郎賞(1987)

永遠の野球少年工藤公康投手、今季は浪人生活
【BT】君を忘れない・・・。チームを去った選手
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工藤公康投手、16年振りの西武復帰が有力!

工藤公康投手は、言わずと知れたライオンズ黄金時代の左のエースだ。そして渡辺久信投手、清原和博選手と共に、『新人類』として1986年に流行語大賞も受賞している。野球選手としてこの明るすぎる性格は、3人共に当時の先輩選手たちからよく叱られていたそうだ。だが元をたどればライオンズの現在の明るいチームカラーは、この3人が中心になり作ったと言っても過言ではない。

プロ入り前、高校時代の工藤投手は、3年時に出場した夏の甲子園大会2回戦で長崎西高校を相手に、甲子園18人目19回目のノーヒットノーランを達成している。そしてチームもそのまま勝ち進み、この大会ではベスト4まで進出した。高校球児としてはそれほど騒がれた存在ではなかったが、しかしプロに無視されるレベルの投手でもなかった。だが当時の工藤投手はプロ入りを頑なに拒み、ドラフト前から熊谷組入りを表明していた。

そんな工藤投手のことをドラフト6位で強行指名したのが、亡くなってもなお工藤投手らが「オヤジ」と呼び慕う根本陸夫管理部長(当時)だった。ドラフトで指名されてもプロ入りに難色を示していた工藤投手だったが、根本さんの眼力は正確だった。ひたすら説得を続け、何とか入団までこぎつけ、その後2009年まで28年間プロで投げ続けている。この大エース工藤公康投手が存在するのも、すべては故根本陸夫の眼力と尽力のお陰だった。

プロ入り後3年は、それほど目立った活躍をすることはなかった。だが3年目・84年のオフにメジャー留学をしたことで大きな経験を積むことができ、その後も当時の宮田征典投手コーチの指導により球速を10kmアップさせると、4年目からは主戦投手として活躍し出した。その85年は8勝3敗という成績を残し、最優秀防御率賞を受賞。左の先発としてしっかりとローテーションに定着した。

そしてその後の工藤投手の活躍は目覚しい。翌86年の日本シリーズでライオンズは広島相手に初戦を引き分けるものの、その後3連敗と崖っぷちに立たされた。だが第5戦の1-1で迎えた延長12回、辻初彦選手がフォアボールで出塁し、そのランナーを伊東勤捕手が送り、そこで打席に立ったのが工藤公康投手だった。工藤投手はこの試合、球界の兄として慕っている東尾修投手の好投の後を継いでいた。その打席で「1,2,3」のタイミングで振り抜いた内角球はライト線を破り、シリーズの流れをガラッと変えるサヨナラヒットとなった。

このサヨナラヒットでライオンズは蘇り、3連敗の後は4連勝して日本一に輝いた。もちろんこのシリーズのMVPは工藤投手だ。そして優勝を決めた第8戦に同点ホームランを放ち、バック転でホームインしたのが現ホークス監督の秋山幸二選手だった。

工藤投手は今年実働28年となり、来季も現役を続ければ29年となる。これはとてつもない数字だ。プロ野球は10年飯を食っていくことすら困難な世界で、毎年60人前後の新人が入ってくるものの、30歳までプロにいられる選手はその中のほんの一握りだ。結果を残せなければ容赦なくクビを切られるこの世界で、工藤投手は28年も投げ続けている。そして通算224勝を挙げ、今オフ横浜を戦力外になったにも関わらず、来季も現役を目指している。

では、工藤投手はなぜここまで長く活躍することができたのか?普通46歳であれば、四十肩でボールを満足に投げることもできない。だが工藤投手はまだプロ野球の1軍で投げ続けている。それを可能にする理由は、ピッチングモーション(ピッチングフォームではない)だ。筆者はこれまでにライオンズ投手陣のピッチングモーションについていろいろと書いて来たが、工藤投手のモーションはすべてが模範クラスのパフォーマンスなのだ。

筆者が小学生の頃、野球チームのコーチから「工藤の真似をして投げてみろ」とよくアドバイスされた。確か小学4年生くらいの時だったと思うが、そのアドバイスを元に筆者は来る日も来る日も工藤投手のモーションのトレーシングを行った。だが当時はその理由がよく分からなかった。ただ、真似をすることでボールがそれまで以上に走るようになり、小学6年生になると100km近いボールを投げられるようになっていた。

当時はそのメカニズムがまったく分からなかったのだが、と言うよりは気にしていなかったのだが、今考えてみると「なるほど」の一言に尽きる。工藤投手のピッチングモーションは、身体にほとんど負担をかけずに、最大限のパフォーマンスを引き出すために最適な動きをしているのだ。これはまさに模範であり、子どもが真似すべき最良のお手本だと思う。

まず一番素晴らしいのは、肩甲骨の使い方だ。分かりやすく言うと、テイクバック。工藤投手のテイクバックは、素晴らしいモーションの中でも格段に素晴らしい。ほとんどのピッチャーはテイクバックする際、腕の筋力を使って、「フォーム」としてテイクバックしようとする。だが工藤投手の場合はSSC(ストレッチ・ショートニング・サイクル)と言って、筋肉が持つ習性を活かし、身体にとって最も自然な「モーション」でテイクバックを行っている。そしてテイクバックの頂点にはしっかりとサイレント・ピリオド(筋力の活動がゼロの状態のこと)が存在しており、その後の腕のスウィングの加速を助長させている。

専門用語ばかりで大変申し訳ないのだが、とにかく工藤投手のピッチングモーションは生理学的に理に適った動きをしているのだ。そのために、よほど無理をしたり疲労を溜めない限りは大きな故障を起こさない。だからこそ28年間もプロで投げ続けて来れたのだ。

そしてさらに言えば、食生活にもアスリートとしてかなりのこだわりを持っている。粗食に関する本の出版にも参加しており、オフになるとファスティング(断食)にも取り組んでいる。筆者はファスティングに取り組んだことはないので詳しい方法は分からないのだが、身体のコンディションを整えるために大きな効果があるようだ。

また温泉治療も積極的に行っており、オフシーズンは効能の高い温泉の素を利用し、練習で疲れた身体の回復にも努めている。工藤投手曰く、最近の入浴剤は本当によく研究されており、実際の温泉とほとんど同じ効能を自宅のお風呂で得ることができるそうだ。

これだけ身体のケアをしっかり行っていることを知ると、28年間投げ続けていることにもうなづくことができる。それなのにヘビースモーカーであるという点はちょっとお茶目ではあるが、2008年にはタバコをやめてもらいたい有名人にランクインされていた。

94年オフにFA宣言をしてホークスに移籍し、その後は巨人、横浜と渡り歩いた工藤投手だが、横浜を戦力外になった今オフ、再びライオンズが獲得に興味を示している。西武の小林球団社長は「ドラフト次第」とコメントしていたが、そのドラフトでサウスポーを菊池雄星投手しか獲らなかったことを考えると、工藤投手のライオンズ復帰の可能性は非常に高いと思う。

野球選手として、アスリートとしてこれだけ模範的な選手がライオンズに復帰してくれれば、ライオンズにとってはそれだけでも大きな財産となるだろう。そして工藤投手のライオンズ復帰の噂を耳にした菊池雄星投手も、「工藤投手のようになりたい」と話している。そして菊池投手だけではなく、工藤投手に憧れて背番号47を背負っている帆足投手にとっても、工藤投手のライオンズ復帰は願ってもない喜びとなるだろう。

この記事を書いている10月31日の段階では、工藤投手が今後どのような進路を取るのかまったく明確ではない。ただ西武だけが獲得に興味を示しているという情報のみだ。だが西武の選手も、西武ファンも、工藤投手のライオンズ復帰を心待ちにしている。筆者としても是が非でも復帰してもらいたいと考えている。

とにかく野球に関して、誰よりも真摯な取り組みをしている選手だ。まだまだ若いライオンズというチームが再び常勝気流に乗るためには、必要な存在だと思う。工藤投手がライオンズに復帰すれば投手陣の底上げだけではなく、選手全体の意識向上にも繋がるはずだ。だからこそ筆者は復帰への願いを込めて、その日を待ちたいと思う。

 投球成績 Pitching Results




























西武ライオンズ
1982 27 1 1 0 - .500 122 28.2 22 0 21 2 1 29 1 0 11 11 3.41
1983 23 2 0 0 - 1.000 138 33.1 30 6 13 0 0 24 0 0 13 12 3.24
1984 9 0 1 0 - .000 53 12.1 10 1 10 0 1 8 0 0 4 4 2.92
1985 34 8 3 0 - .727 554 137.0 84 13 73 2 2 104 1 1 44 42 2.76
1986 22 11 5 0 - .688 586 145.1 111 22 56 3 1 138 1 0 53 52 3.22
1987 27 15 4 0 - .789 899 223.2 181 18 64 4 2 175 2 0 65 60 2.41
1988 24 10 10 1 - .500 694 159.0 164 18 70 6 1 94 4 0 77 67 3.79
1989 33 4 8 2 - .333 540 118.0 126 12 76 4 2 94 9 0 70 65 4.96
1990 13 9 2 0 - .818 359 85.2 58 11 46 1 2 89 4 0 33 32 3.36
1991 25 16 3 0 - .842 705 175.1 124 17 75 1 0 151 4 0 55 55 2.82
1992 25 11 5 0 - .688 645 150.2 140 17 69 3 3 133 4 0 60 59 3.52
1993 24 15 3 0 - .833 697 170.0 129 10 65 4 2 130 5 0 46 39 2.06
1994 24 11 7 0 - .611 554 130.2 120 12 44 0 3 124 2 1 54 50 3.44
福岡ダイエーホークス
1995 22 12 5 0 - .706 652 163.0 137 15 48 0 0 138 4 0 69 66 3.64
1996 29 8 15 0 - .348 867 202.2 207 17 70 2 1 178 6 0 94 79 3.51
1997 27 11 6 0 - .647 670 161.1 153 14 48 2 3 146 2 0 61 60 3.35
1998 15 7 4 0 - .636 386 93.2 90 8 28 1 2 65 0 1 35 32 3.07
1999 26 11 7 0 - .611 754 196.1 143 12 34 1 1 196 6 1 56 52 2.38
読売ジャイアンツ
2000 21 12 5 0 - .706 545 136.0 127 14 16 0 1 148 5 0 53 47 3.11
2001 5 1 3 0 - .250 103 21.1 35 3 7 1 0 8 2 0 21 20 8.44
2002 24 9 8 0 - .529 681 170.1 157 21 26 3 2 151 5 0 61 55 2.91
2003 18 7 6 0 - .538 483 117.0 117 15 22 2 3 115 1 0 56 55 4.23
2004 23 10 7 0 - .588 596 138.2 160 27 33 1 1 128 3 0 78 72 4.67
2005 24 11 9 0 0 .550 595 136.0 159 26 44 3 1 130 4 0 73 71 4.70
2006 13 3 2 0 0 .600 295 70.0 69 12 19 0 3 52 0 0 41 35 4.50
横浜ベイスターズ
2007 19 7 6 0 0 .538 442 103.2 118 6 28 1 4 73 2 0 46 45 3.91
2008 3 0 2 0 0 .000 70 13.2 21 3 5 0 1 7 2 0 13 8 5.27
2009 46 2 3 0 10 .400 172 37.1 53 11 14 1 0 24 2 1 30 27 6.51
通算 625 224 140 3 10 .615 13857 3330.2 3045 361 1124 48 67 2852 81 5 1372 1272 3.44


   

2009年10月31日 00:51

#17 菊池雄星

#17 菊池雄星 - Yusei Kikuchi

投手(先発タイプ)、左投左打
2009年ドラフト1順目
花巻東高~埼玉西武ライオンズ
岩手県盛岡市出身、1991年6月17日生、184cm / 83kg

菊池雄星投手が勝てる投手になるため必要なこと
菊池雄星投手の肩痛はなぜ半年も続いたのか
雄星投手はなぜ本領を発揮できなかったのか?
雄星投手が今現在抱えている投球に関する欠点
雄星投手の肩がなかなか温まらない理由
ボール以上に素晴らしかった雄星投手の能力
直筆のお礼状を書くことにした雄星投手
菊池雄星投手がマスターすべき変化球
菊池雄星投手のピッチングフォーム解析
菊池雄星投手の入団会見、メディカルチェック
菊池雄星投手、春季キャンプ1軍帯同が内定
菊池雄星投手、埼玉西武ライオンズ入りへ!
西武1位指名候補の菊池雄星投手は、プロで通用するか?

高校球界ナンバー1投手・菊池雄星投手は、2009年10月29日に行われたプロ野球ドラフト会議にて6球団から指名を受けた。その時クビ引きで当たりを引いたのが埼玉西武ライオンズの渡辺久信監督だった。日米合わせて20球団による争奪戦が繰り広げられたわけだが、菊池雄星投手は晴れて埼玉西武ライオンズの一員となった。

花巻東高校での活躍を知るファンは多いと思う。2009年春の選抜高校野球大会では152kmを計測し、準優勝投手になった。そして夏の甲子園大会ではベスト4に輝いた。だがこの夏の甲子園大会で、菊池投手は背中を痛めてしまった。だがこの故障は起きてもおかしくなかったというのが、筆者の正直な意見だ。原因はピッチングフォームでも、相手チーム野手との交錯でもない。過度なストレスだ。

スター不在と言われていたこの世代に2009年春、突如として表れた菊池雄星投手。マスコミ、プロスカウトたちは放っておかなかった。しかもそのマナーは呆れるほどに悪く、話半分で聞いたとしてもマナーのかけらも感じられない。

マスコミはどうしてもピッチング風景を撮影したいということで、投球予定のない日に無理を言って投球させたり、誕生日にはプレゼントを渡している写真を撮りたいと言い、雄星投手の母親をわざわざ花巻東の寮まで連れて行ったこともあったそうだ。彼らはスポーツライターの端くれであるにも関わらず、スポーツマンシップという言葉は知らないようだ。

だがそれは一部のプロスカウトたちにも同じことが言えた。花巻東の試合を偵察に行って雄星投手の登板がないと、花巻東高の佐々木監督に次の登板予定日を教えるように迫ったそうだ。またメジャー球団のスカウトの中には、アポなしで花巻東を訪問し、学校関係者を困らせたこともあったようだ。

こういうことが数え切れないほどあったせいだろう。ドラフトで西武入りが決まった直後の会見で菊池雄星投手は、「学校や家族に迷惑をかけてしまった」とまずそれに対し謝罪をした。立派な大人であるマスコミやプロスカウトよりも、菊池雄星投手はよほど大人の対応をしている。高校ナンバー1投手という以前に、本当に素晴らしい1人の人間ではないか。

18歳の高校生を相手に大人気ない対応を繰り返したマスコミ、プロ関係者の影響で菊池投手は調子を落とし、それが夏の怪我に繋がってしまった。そしてその怪我は理不尽なことに、マスコミやプロ関係者からの評価を一気に下げることになってしまった。雄星投手がメジャー挑戦を口にした際は、日本プロ野球の衰退を心配するようなコメントばかりを飛ばしたマスコミやプロ関係者だったが、一連の対応により、彼らの心配が口だけだったことがよく理解できた。中にはしっかりとマナーやモラルを持ったマスコミ、プロ関係者もいるだけに、野球ファンとして上述した出来事が本当に残念でならない。


さて、菊池雄星投手だが彼の最も素晴らしい点はその人柄だ。花巻東の佐々木監督も、チームメイトも、雄星投手のことを悪く言う者は1人もおらず、それどころか彼の人間性を称える言葉ばかりが聞こえてくる。チームメイトにしても「雄星が評価されなければ、僕らが評価されるわけがない」という風にインタビューに答えていた。

そして夏の甲子園敗退時、グラウンドで泣き崩れた雄星投手の姿を覚えているファンも多いだろう。「この試合で壊れてもいい、最後になってもいいから、この仲間たちと優勝したかった」。雄星投手は号泣しながらそう口にしていた。これだけチームメイトを愛し、これだけチームメイトから愛される菊池雄星投手。10年後も20年後もこういう気持ちを失うことなく、野球を続けて行って欲しいと思う。そうすればライオンズ史上最高のエースピッチャーになることだってできるかもしれない。

筆者は今年の春・夏・秋を合わせて、菊池投手のピッチングは映像で4~5回見た程度だが、まだプロレベルのピッチャーでないことは確かだ。もちろんこの冬の取り組み次第では春季キャンプで1軍に食い込む可能性は十分あるが、しかし焦る必要はない。だが、彼は間違いなく近い将来大成するだろう。

雄星投手は、シアトル・マリナーズのイチロー選手に通ずる哲学をすでに持っている。そして準備・ルーティンの大切さも理解している。イチロー選手が最も大切にするのが準備作業で、その準備作業をルーティンにしている。試合前、そして打席前のイチロー選手は、どんな時も同じパターンの行動を繰り返し、どんな時もその流れのまま平常心でプレーすることを心がけている。

そのイチロー選手と同じように、雄星投手も準備やルーティンを怠らない。「準備をしないということは、失敗を目指しているのと同じ」とまで言い切っている。一体何人の高校3年生が、これだけの言葉を言い切ることができるだろうか?練習が終わると寮に戻り、着替え、食事をし、風呂に入り、ストレッチをし、野球日誌を書き、そして練る。雄星投手は常にこのルーティンを繰り返したそうだ。

また、食生活にも気をつけていて、中学時代からお菓子、炭酸飲料、カップラーメンの類は自主的に絶っていて、チームメイトが練習帰りにコンビニでお菓子を買い食いしていても、雄星投手だけは母親に作ってもらったおにぎりやパンを食べていたそうだ。

雄星投手のピッチングを見ていると、下半身の強さが際立って感じられる。身体の柔軟性も素晴らしく、しかもただ柔らかいだけではなく、野球にとって股関節の重要性を理解した上で柔らかいのだ。つまり天性だけではなく、しっかりとした勉強に基づいた知識に則って柔軟性をキープしている。そして下半身の強さは中学時代に身に付けたようだ。中学時代はシニアで野球をやっていたのだが、その頃はピッチングに関しての指導はほとんど受けず、ただひたすら走らされたそうだ。365日休まず毎日10km走をしたり、ポール間ランニングを100本繰り返したりの野球生活だったらしい。

このシニアチームの指導者の判断は正しかったと思う。中学生はとにかく身長がよく伸びる。故に変に指導をしてしまうことで、身体のバランスが整う前に身体がフォームを覚えてしまう。するとそれが将来的に悪いクセとして残ってしまい、身体が出来上がる高校生になるとそのクセがなかなか抜けなくなってしまうのだ。

中学時代までは、身体の成長に任せて野球を楽しむことが1番だ。中学までは、高校に入ってから必要な基礎体力をしっかりと身に付け、あとは野球を楽しむ。これだけで良いと思う。特にピッチャーを目指す子にとっては。

今現在の雄星投手の変化球の精度はかなり低い。だがそれは中学時代に良い意味で野球指導を受けなかったことが要因なのだ。つまり、今はまだ精度が低くて良いのだ。これから1~2年かけて、じっくりとプロレベルの野球を覚えていけば良いと思う。1年目から活躍しようなんて焦る必要はない。3年目にローテーションに食い込むくらいの目標で良いと思う。その結果もっと早く活躍できるようになればそれに越したことはないわけだ。

ライオンズのピッチングコーチ、そして監督なら、決して雄星投手を焦られるようなことはしないだろう。ファームには小野コーチ、石井貴コーチという人間味溢れた2人がいるし、1軍にはアマチュア野球マニアの潮崎コーチ、サウスポーの橋本コーチ、そして何よりもライオンズ黄金時代のエース渡辺監督がいる。雄星投手は、安心してライオンズで野球を覚えていけば良いと思う。

多い月には本代に3万円以上かけるという読書家の雄星投手のことだ。覚えていくスピード、理解していくスピードはどの選手よりも早いと思う。だからまずは焦らずに、まずはプロでやっていくための身体作りをしていって欲しい。そうすれば4~5年後には日本を代表するピッチャーに、10年後にはメジャーを代表するピッチャーになれるはずだ。菊池雄星投手には、間違いなくそれだけの資質がある。

そしてその資質を壊さないためにも西武球団は春季キャンプ中、しっかりと外敵から雄星投手をガードしてあげて欲しい。

2009年10月30日 01:34

菊池雄星投手、埼玉西武ライオンズ入りへ!

運命のドラフト会議。今年からは一般のファンが抽選で1000人招待されるようになった。筆者も応募したのだが、16倍という高い倍率に残念ながら漏れてしまった。今日の午後の予定はドラフト会議を観覧するために空けておいたのだが、筆者はテレビで観ることしかできなかった。

注目の菊池雄星投手だが、指名したのは埼玉西武、北海道日本ハム、東北楽天、阪神、東京ヤクルト、中日の6球団だった。パ・セの下位球団からクジを引いて行き、その先頭が埼玉西武の渡辺久信監督だった。渡辺監督は当たりクジを引くために、前日はスカウト陣との食事会で岩手の銘酒『南部美人』を飲み、ドラフト当日は内ポケットに紫色のボールペンを忍ばせていた。岩手は菊池雄星投手の地元であり、紫は花巻東高校のチームカラーだ。

6球団の代表全員がクジを引き終わると、いっせいに開封された。当たりクジなら中に「交渉権確定」の文字が書かれている。誰もが息を飲んだ瞬間、2009年10月29日16時16分の会場内に「よし!」という声が響き渡った。渡辺監督の声だった。当たりクジを見事引き当て、ガッツポーズをする渡辺監督。満面の笑みだった。

直後のインタビューで渡辺監督はテレビを通じ、菊池雄星投手にメッセージを送った。「雄星くん、すごい運命を感じています。心おきなく入団して来てください」と。西武ファンだから言うわけではないが、菊池投手は良いチームの1つに入ったと思う。ライオンズは昔から育成には定評のあるチームだし、監督がピッチャー出身というのも大きい。

しばらくはファームでの育成ということになると思うが、来季のファーム投手コーチは小野和義コーチだ。小野コーチは現役時代に肩を壊し、立花龍司氏の指導によって復活した経緯がある。つまり肩を壊したことで、肩のコンディショニングをしっかり学んだ人物なのだ。その時の経験をコーチとして菊池投手に伝えてあげることができれば、それは菊池投手にとっては大きな財産になるだろう。

また、1軍に上がって来たとしても来季の1軍にはサウスポーである橋本武広投手コーチがいる。同じサウスポーから受けられる指導も、やはり菊池投手にとっては大きなプラスになるはずだ。

さらに言えば1軍にはエース涌井投手を筆頭に、岸投手西口投手石井一久投手と言った球界を代表する先発陣も揃っている。彼らなら菊池投手にとって、素晴らしい見本となってくれるだろう。中でも同じサウスポーの速球派で球種的にも良く似ている石井投手は、かなり参考になると思う。

菊池投手の獲得によって気になるのが、横浜を戦力外になった工藤公康投手の獲得だ。小林球団社長は今現在白紙を強調している。ドラフトの成果次第では工藤投手の獲得を見送る可能性もあるとコメントしていたが、サウスポーの菊池投手を獲得できたからこそ、工藤投手が必要だと筆者は考える。少なくとも菊池投手を、場数の問題以上にリリーフで起用することはないだろう。そうなると左のセットアッパーは必要だし、今日のドラフトでは菊池投手以外にはサウスポーは獲得していない。

その工藤投手だが、噂によれば11月11日のトライアウトは受けないようだ。確かにベテラン投手であるため、11~12月は基本的に身体を休ませる時期にあたる。その時期にムリしてトライアウトを受けても意味はないという考えなのだろう。今季は後半戦もしっかりと登板していたし、検討材料は揃っている。西武球団側も、工藤投手が何連投まで可能かという情報まで得ているようだ。

菊池投手の獲得によってさらに検討が必要になった工藤投手の獲得だが、筆者はかなり高い確率で獲得するのではと考えている。渡辺監督は工藤投手を戦力になると見ているようだし、年俸的にも来季は2000万円前後になると考えられる。そして菊池投手だけではなく、投手陣全体の先生役としても期待できることを考えると、まず獲得して損するような選手でないことは間違いない。

来季菊池雄星投手が加わり、さらに工藤公康投手が加われば、ライオンズの投手層は一気に厚みが増す。ただ筆者が冷静に菊池投手を見た時、プロとしてはまだ通用しないだろうと考えている。松坂大輔投手の西武入団時を10としたら、涌井投手が7、菊池雄星投手が6くらいだろう。ピッチャーとしてはまだまだ未知数の可能性があるが、その分ボール1つ1つの完成度はまだ高くはない。1~2年目はゆっくりとファームでボールの精度を高めたらいいと思う。

さて、ここで気になるのはやはり、工藤投手同様に背番号だ。現在のライオンズにエースナンバーの空きはない。若い番号では12番が空いているが、これはライオンズのエースナンバーとは言えない。となると可能性としては、松永投手の24番を菊池投手に譲るという選択肢が生まれてくる。24番といえば、鉄腕稲尾が背負った由緒あるナンバーだ。プロの世界は厳しい。いくら大きな期待をされて入り、エースナンバーをもらったとしても、その番号に相応しい活躍ができなければ番号は剥奪されてしまう。それは普通のことであり、当たり前のことなのだ。

メジャー挑戦という大きな夢を持つ菊池雄星投手だが、まずは日本のプロ野球でしっかりとファンを納得させられる活躍ができるピッチャーになってもらいたい。そして誰にも文句を言われずにメジャー挑戦をする、そんなピッチャーに育っていって欲しい。

西武1位指名候補の菊池雄星投手は、プロで通用するか?

2009年10月29日 20:40

西口文也投手が今年調子を落とした要因

西口文也投手がFA権を行使せずに2010年度もライオンズでプレーすることが正式に決まったようだ。しかも「生涯ライオンズ」宣言まで聞くことができた。年俸などの詳細はまだ未確認だが、今季の2億円からは大幅にダウンしたらしい。そして来季は、先発というポジションにこだわることを西口投手は明言した。だがファンにとってもそれは同じで、西口投手にはいつまでも先発マウンドに立ち、200勝を達成してもらいたい。

今シーズン西口投手の調子が上がらなかった最大の要因は、身体の使い方にあった。恐らく怪我を恐れてのことだったと思うのだが、調子が良い時と比べると体重移動に勢いがなく、それ故に身体がスピンし切れていなかった。西口投手が言っていたわけではないのだが、筆者が見る限りでは内転筋を気にしているように感じた。年齢から来る筋力の衰えが気になるのだろう。

渡辺監督は言う。「野球経験者でも西口とキャッチボールするのは恐い」と。調子が良い時の西口投手のボールは、恐らく二流捕手では捕り切れないだろう。それくらいボールがビュンと来る。これはあの細身の身体だからこそ生まれるボディーターン(スピン)が要因になっている。岸投手にも同じことが言えるのだが、細身の投手は慣性モーメントに優れるため、身体がきれいにスピンしてくれる。

例えば竹とんぼを思い浮かべて欲しい。竹とんぼを飛ばすための棒軸は、あれだけ細いからこそ慣性モーメントが良くなり、竹とんぼを飛ばすだけの回転を得られる。だがもしこの棒軸が太かったらどうだろうか?ほとんど回転することがなくなるため、竹とんぼは飛んでいかないだろう。そしてこれは、そのままピッチングに言い換えることができるのだ。

レッドソックスの松坂大輔投手は、西武に入団した時よりも遥かに体格が良くなった。ボールを投げる腕の筋肉は盛り上がり、胸板も入団時とは比べられないほど厚くなった。これによりパワーのあるボールは投げられるようになったが、スピードボールは投げられなくなってしまった(ここで言うスピードボールは、初速だけ速いボールのことではなく、初速と終速の差がほとんどないストレートのこと)。

つまり松坂投手は、竹とんぼでいうところの棒軸が太くなってしまったため、身体にスピンを起こしにくくなってしまったわけだ。プロ初登板時、東京ドームで日本ハムの片岡選手を三振に取った156kmのストレートと同じボールを投げることは、今の松坂投手にはできないだろう。

さて、話を西口投手に戻すが、なぜ西口投手のスピンは弱くなってしまったのか?その原因は前足(右投げの場合は左足)にある。西口投手はステップする前足を、若干三塁方向にクロスさせて踏み出していた。このクロスがあるからこそ、スピンを鋭くできるのだ。だがこのクロスステップは、内転筋を痛めやすいという欠点がある。現に西口投手だけではなく、クロスステップするプロ投手の多くが内転筋を痛めてきた。今年の西口投手は年齢的にそれを気にするあまり、クロスステップが甘くなっていたのだ。

だがシーズン終盤になるとこのクロスが少しずつ戻ってきて、ボールに勢いが生まれるようになった。バッターからすると、クロスしていない時に投げていた146kmのストレートよりも、シーズン終盤で投げていた139kmの西口投手のストレートの方が速く感じられたはずだ。なぜならそっちの方が、初速と終速の差が少ないからだ。

今オフの西口投手は、とにかく走り込みメニューを増やすはずだ。当然それは内転筋を痛めないためでもあり、鋭さが戻ったボディーターンに下半身がしっかり付いて来れるようにするためでもある。だが気をつけなくてはならないのは、ただ走るだけではダメということだ。

ただ闇雲に走ってしまっても仕方がない。なぜなら何も考えずに走った時の動きは、ほとんどが直線運動になってしまう。足の関節も筋肉も、基本的には前後の直線運動しか起こさない。だがここで考えてみよう、ピッチング時の足の動きを。決して直線運動ではないはずだ。もちろん足だけの問題ではないが、ねじったりひねったりしているはずだ。つまり内転筋を痛めないようにするためには、ねじり・ひねりの動作に対応できる筋肉が必要とされる。

ライオンズのトレーニングコーチが、この点についてしっかり西口投手にコーチングすることができれば、来季の西口投手に故障の心配はなく、大きな期待を持つことが出来るだろう。そして普通に実力を発揮することさえできれば、二桁とは言わず、12~13勝は挙げられるはずだ。

とにかく今シーズンは、西口投手で貯金を作れなかったことがチームとして痛かった。来季西口投手が復活してくれれば、今年のような結果にはならないだろう。最低でも優勝争いには絡めるはずだ。そしてそのためにも、西口投手にはまだまだ投げ続けてもらわなければならない。来季は再び年俸2億円ピッチャーに返り咲く活躍を期待したいと思う。

2009年10月28日 19:29

もしもあの鳥になれたなら第1章 -8-

あかりは映画を観た後の電話で翌日、駅前のベーカリーカフェで森杉とランチをとる約束をしていた。それは胸の中で膨らみ過ぎてしまった、毎週金曜日にやってくる彼のことを相談するためで、午前中の講義を終えると、約束の三十分前にはカフェに到着していた。あかりはこの店のブレンドコーヒーとブルーベリーデニッシュが大のお気に入りだった。講義で出された課題を、何時間もこのカフェに篭って済ませることもしばしばあった。この店を経営している老夫婦は、まるでしばらく会っていなかった孫が夏休みに田舎に訪ねてきた時の、祖父母のように温かい笑顔で客を迎えてくれるとても温かな夫婦で、それはそのまま店の雰囲気にもなっていた。あかりがそんな中、オズボーンに注がれた熱いコーヒーをすすっていると、十五分遅れで森杉がやってきた。
「ごめんごめん、遅れちゃったね」
森杉は文字通り店に駆け込んできた。
「いえ、急に呼び出しちゃったのは私ですから」
あかりが謝ると、森杉は「気にするな」と言うように顔の前で二、三度手を振って見せ、この店自慢のランチセットを注文した。
「その顔見ると、相当参ってるみたいだな」
森杉はその場の空気をきちんと読める男で、決して拍子外れなことは言わない。
あかりは森杉にそう言われて力なく頷くと、珍しくため息を漏らした。
「彼がお店に来る度にどんどん好きになっていっちゃうんです。彼が来てくれると、私すごく元気になれるんだけど、それ以外の時間がすごく苦しくて」
あかりはテーブルの上でカップを握っている両手を眺めるようにして俯いた。
「落ち込むことなんてないって。恋なんてどれを取ったってそんなもんなんだから。例えばもし百瀬ちゃんがヨーグルトレモンの彼じゃなくて、俺を好きになっていたって同じだぜ。例えはちょっと悪いけどさ、とにかく恋ってやつはそういうもんなんだよ。けどその辛さを乗り越えられた時には、苦しい恋は安らかな愛に変身してるんだ」
あかりは今まで恋の辛さばかり気にしてしまい、その先のことはほとんど考えたことがなかった。
「愛、ですか?」
あかりは徐に顔を上げてみせる。
「そう、愛だよ、愛」
丁度その時ランチセットが運ばれてきた。森杉はコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れると、カチャカチャと湿った風鈴のような音を立てながら、勢い良く掻き混ぜた。そして匂いを嗅ぐと「う~ん」と幸せそうに一つ唸った。
「百瀬ちゃんさ、本当に彼のこと好きなんだろ?」
 森杉は溶け切らずに沈んでしまっていた砂糖をスプーンですくって口に運んだ。
「・・・・・・多分」
あかりの答えは力なかった。すると森杉はキッパリと言い切った。
「それじゃダメだ。多分なんかじゃね。多分ってのは一番良くない。彼にも失礼だし、何よりも百瀬ちゃん自身がその多分ってやつに壊されちまう。だから多分のままなら、彼のことはスッパリと忘れた方がいい。いいかい?イタリアに行ってバリスタになるという夢は、今の百瀬ちゃんにとっては唯一の夢だ。だけど彼への想いが多分なら、彼はまだ唯一の存在じゃない。ひょっとしたら俺か、小沼店長だっていいかもしれないってことだよ。多分ってそういうことだぜ」
森杉の言葉には精一杯の力が込められていたが、その反面声には道端の仔犬の頭を撫でてやるような優しい響きが感じられた。
「・・・・・・わたしのお姉ちゃんがよく言ってました。もしわたしが誰かを好きになったら、好きっていうその気持ちを絶対に疑っちゃダメだって。わたし、まだ疑ってますよね」
 あかりは自嘲するような笑みを浮かべた。
「わたしのお姉ちゃんって、結婚してすぐに旦那さんを交通事故で亡くしちゃったんです。そのせいなのか、私の顔を見るたびに、最後は幸せでいられる恋を見付けなさいって言うんですよ。それって、恋って最初はどれも胸が苦しくなるってことなんでしょうか?」
森杉は焼き立てのブレッドを頬張りながらも、あかりの言葉を一言一句聞き逃すまいと耳を澄ませていた。
「・・・・・・わたし、やっぱり彼のことが好きです。でも、だからこそこの気持ちを胸に秘めておかなきゃって思うんです。私はあと半年もしたらイタリアに留学しちゃうんだし、そしたら週に一度の金曜日どころか、もう一生会えなくなっちゃうかもしれません。だから今度の恋は、胸の引き出しにそっとしまっておこうと思います。森杉さんの言う通り、私にはバリスタになる夢がありますから」
森杉はランチをすっかり平らげていた。
「俺はさ、実際のところどっちでもいいって思うんだ。恋と夢、どっちを選んでもね。どっちとも大切なものだと思うしさ。だけど後悔だけはして欲しくないんだ。もし今バリスタになる夢じゃなくて恋を選んでしまって、仮に将来その恋を失ってしまったら、夢を諦めたことを恋のせいにしてしまうだろ?だけど夢を選んで恋を諦めて、仮にバリスタになれなかったとしても、それを恋のせいにはしない。そうやって考えると、どっちも大切とは言え、今は夢を選んどいた方がいいって、俺としてはそう思うんだ」
森杉の語り口調は真剣そのものだった。
「私もそう思います。後悔だけは絶対にしたくありません」
あかりは空になったオズボーンの底を覗き込みながら言った。
「でもさ、好きだっていう気持ちを押し殺しちまうことはないと思うぜ。好きなら好きのまま、そのままでいいと思う。今まで通りの気持ちで彼にヨーグルトレモンを持っていってやんなよ」
あかりはつくづく森杉に相談してみて良かったと思った。
「ありがとうございます。森杉さんのお陰でなんだかすごく楽になれました」
あかりの笑顔にはいつもの明るさが戻っていた。
「意外と立ち直り早いね」
森杉はからかうようにして笑った。
あかりはそれに微笑みを返した。
「ここ、私がおごりますね」
あかりはこの恋を素敵な片想いとして、イタリアに渡る前の最後の思い出にしようと決心した。あと半年で、あと何回ヨーグルトレモンを運んで上げられるかは分からなかったが、後悔はしないように週に一度、彼にヨーグルトレモンを運んであげようと思った。そしてどんなに店が忙しかったとしても、彼にだけはフレックスストローをちゃんと手渡ししようと心に決めたのだった。

もしもあの鳥になれたなら

2009年10月28日 02:59

もしもあの鳥になれたなら第1章 -7-

夢を見ることはとても心地良い、だけどたどり着くまでは果てしなく遠い。反対に恋はすぐ近くにあるのに、心が苦しいのはなぜだろう―。

遠くの夢と近くの恋。そのふたつを同時に手にすることはできないのだろうか?恋か夢か、どうしても選ばなければならないのだろうか?あかりの心は揺れに揺れていた。バリスタになることは高校時代に初めてカフェでアルバイトを始めた頃から夢に見ていたことで、あかりは精一杯頑張れば、いつかきっとその夢は叶えられる気がしていた。長年培ってきたカフェでの経験と、店長の小沼に教わってきたコーヒーの知識と、大学四年間で学んできたイタリア語も、決して無駄にはならない。イタリア留学をすればそれなりの苦労はあるだろうけど、それでもなんとかやっていく自信はあった。
しかし逆に、今胸に抱いている恋を成就させる自信はまったくなかった。何せあかりは彼の名前すら知らない。名前だけではない。彼の歳も、仕事も、恋人がいるのかどうかも知らない。唯一知っていることと言えば、毎週金曜日にやってきてヨーグルトレモンとツナサンドを注文するということくらいだった。
あかりは今まで生きてきて、ここまで胸が苦しくなる恋をしたのは初めてだった。あかりは今までに何人かと恋人関係を築いたことがあったが、いつも先に相手に告白されてから、それから好きになっていくというパターンばかりだった。それは小学生時代の初恋から変わっていない。同じクラスのある男子から想いを寄せられているということを、あかりは当時仲が良かった女子の一人から聞かされた。するとあかりはどんどんその男子のことを意識するようになっていき、次第にその意識は初恋への変貌を成し遂げていった。十歳の時だった。しかし小学生の初恋など上手くいく方が珍しく、あかりの初恋も進級した時のクラス替えと同時に、今度は思い出へと変貌してしまった。
あかりは冷めたコーヒーカップを両手で握り締めたまま、淡いピンクのシーツで整えられたベッドを背凭れにしてチョコンと座っていた。そしてふとテレビの画面に目をやると、映画はいつの間にかエンドロールまで進んでいて、クライマックスから流れているバラードがあかりを更に切なくさせた。映画の中で心優しき殺し屋を愛した十二歳の少女さながら、少し虚ろな目のままコーヒーカップをテーブルに乗せ、携帯電話に手を伸ばした。

               *

吉井貴はいつものように愛車である漆黒のメルセデスを走らせていた。そしてまたいつものように、運転中は美空ひばりのCDを大音量で鳴らしている。吉井は運転中、CDの美空ひばりとデュエットをするのが好きで、この日も小林旭よろしく渋い声を唸らせていた。
真夜中の新青梅街道、五十キロの距離は優にあるこの直線道路で、美空ひばりのCDを鳴らしながらメルセデスを運転するドライバーは、この吉井以外には決していなかっただろう。
午前一時、吉井は球場に併設されている室内練習場の脇にメルセデスを横付けした。そして黒革のグラブを片手に練習場の扉を開けた。
「高樹さん、いつもすんません」
高樹は若手選手たちが入っている寮の寮長で、室内練習場の管理も任せられている球団職員だった。吉井はたまに眠れない夜があると、高樹に頼んで真夜中のキャッチボールに付き合ってもらっていた。
「気にしなさんな。選手の手伝いをするのが私の仕事だからね」
高樹はいかにも人の良さそうな人相で、誰からも慕われる、選手全員の親父的存在だった。そして高樹もまた、選手たちを我が子のように思っていた。
「俺が毎年成績を残せるのは高樹さんのお陰ですよ。こんな夜中にキャッチボールに付き合ってくれる人なんて高樹さんしかいないっすからね」
吉井は入念に肩のストレッチをしている。
「私は、チームのエースとこうしてキャッチボールができるだけでも光栄だよ」
高樹の優しい眼差しは、まさに父親そのものだった。

吉井には時々眠れない夜があった。ベッドにもぐり込んでもまったく眠気が起きず、眠ったと思ったらまたすぐに目を覚ましてしまう夜が。吉井は今や押しも押されぬエースピッチャーで、チームの期待をほぼ一身に背負っている。吉井が登板する日は、チームは負けることが許されず、吉井はエースに君臨し続けて以来常にそのプレッシャーと戦ってきた。そしていつもギリギリのところでそのプレッシャーに打ち勝ち、その結果が五年連続二桁勝利という実績に繋がっている。吉井はその五年の内、三回最多勝利投手賞を獲得していて、今や日本球界を代表するピッチャーとなっていた。しかし吉井のそんな奮闘がありながらも、レグルスは二年連続で優勝を逃してしまった。吉井はその責任をも一身に背負った。ある試合で二失点で完投したのだが、味方が一点しか取れずに負けてしまったことがあった。そんな時でも吉井は決してチームメイトを責めない。味方が一点取ってくれたにも関わらず、二点を相手チームに献上してしまった自分自身を責めた。
野手がエラーをしてピンチを招いた時は、吉井は絶対に後続のバッターにヒットを許さない。エラーした野手の気持ちを救うためにも。吉井にとって負け試合はすべて自分の責任であり、勝ち試合はすべて野手が打ってくれたお陰だと考えていた。吉井貴とはそんな男気溢れるピッチャーなのだ。
「来週の紅白戦で平尾と投げ合うんだって?お前さんにしたら、公式戦以上に燃える試合になるんじゃないかい?」
 高樹はストレッチする吉井の背中を押してやった。
「どうっすかね。けど平尾のマウンド捌(さば)きを生で見るのは初めてだから、それは楽しみかな。今までブルペンでしかあいつの投球を見たことがなかったですからね」
 吉井はストレッチを終えて立ち上がると、右腕をプロペラのような勢いでグルングルンと振り回し始めた。
「平尾が一軍で一皮剥けてくれればチームは必ず優勝できる、お前さんそう思ってるんだろ?私も同感だよ。もし平尾が一皮剥けて来年仮に二桁勝てれば、間違いなくチームは独走できるだろうな」
「あいつがもし十勝できたら、俺は二十勝してやりますよ」
吉井は不敵な笑みを浮かべてそう返すと、軽くボールを投げ始めた。
「本当にそうなったら、きっと私が監督でも優勝できるだろうな」
高樹も肩を馴らすように山なりのボールを返した。二人は小学生並みのキャッチボールをしばらく続けて肩を充分に温めると、徐々に球速を上げていった。室内練習場にはズドン、ズドン、というボールがグラブを貫こうとする乾いた音だけが響き渡る。それはまるで銃声のような凄まじい音だった。

もしもあの鳥になれたなら

2009年10月28日 02:58

もしもあの鳥になれたなら第1章 -6-

極的になっている。恒は恋をすると彼女を好きだという気持ちよりも、彼女に嫌われたくないという気持ちの方がどうしても勝ってしまうのだった。だから毎週金曜日の夜、カフェに通ってあかりに接客をされていても、嫌われたくないという気持ちが恒の心身を固くさせていた。なんとも思っていないような相手であれば、きっと気兼ねなく食事に誘えるだろうし、映画にだって誘うこともできただろう。しかしあかりを誘うことはまだできずにいる。もちろん吉井に言われた手土産のこともあったが、それ以上に、もし食事や映画に誘って、あかりに嫌われてしまったらどうしようという気持ちが勝ってしまうのだ。恒はそんな自分が情けなくて仕方なかった。だからそんな弱気を打破するためにも、どうしても初勝利という名の自信への糧が必要だった。そのために恒は秋季キャンプで人一倍練習を積んだ。お陰で身体はいつでも筋肉痛だったが、その代わりに毎日着実に技術を向上させていった。過去四年間ほとんど落ちることがなかったフォークボールも、四浪している浪人生の大学受験並によく落ちるようになっていた。

「平尾君、頑張って!」
恒が練習用のサブグラウンドを黙々と走っていると、グラウンドを取り囲む緑色の金網フェンスの外から女性の声が聞こえて来た。その声はとても耳馴染みのある声で、恒は即座に声の主の姿を見つけた。
「永美さん、今日は練習休みですよ」
走るペースを落としながら、恒は声の主へと近付いて行った。
「知ってるわ。だけど平尾君はきっといると思ったから来てみたの」
 宮地永美は、恒が埼玉レグルスに入団した一九九七年からずっと、恒のことを応援し続けていた。永美は切れ長で少し憂い気な瞳にフレームレスの眼鏡をかけていて、桜の木の幹に似た色のしっとりとした長い髪は、漣のように緩やかなソバージュがかけられていた。所沢ドームで試合がある時は必ずライトスタンドで、恒の背番号と同じ五八をつけたレプリカユニフォームを着て応援をしてくれる。
永美は球場の目と鼻の先にある、つまり恒が暮らすチームの若手寮の真向かいにある、七階建てマンションの六階に住んでいた。恒が入団した翌年に球場がドーム化されるまでは、いつもベランダからオペラグラス越しに試合を観戦していた。しかしドーム化された今ではそれもできなくなり、永美は地の利を活かして毎試合球場に訪れるようになっていた。
恒が入団した当初は永美も一介のファンに過ぎなかったのだが、恒が投げる二軍の試合や、たまに一軍昇格して投げる時には必ず応援に来てくれ、試合のない練習日にもサブグラウンドにやって来て恒のことを熱心に応援し続けているうち、恒の方がいつしか心を許すようになっていた。永美は所謂熱狂的な追っかけファンとは違い、選手を前にしても黄色い声を上げることはない。いつでも温かい眼差しで選手を見守っているだけだった。だが恒のことだけは熱心に応援してくれる。高校卒業後すぐに北海道から単身上京して独身寮で暮らす恒にとって、いつしか宮地永美は姉同然の存在になっていた。

「新しいやつですか?」
恒はちらりと見えた永美の後ろ髪を指差した。
「え?」
永美には何のことなのか分からなかった。
「その、何て言うんでしたっけ?髪の毛を束ねてるのって、」
 永美はやっと恒の言葉の意味が飲み込めた。
「あぁ、バレッタね。そうなの、先週買ったばかり。だけどよく気が付いたわね」
 永美はバレッタを髪から外すと、頭を一、二度左右に振り、しなやかな長い髪を少し遊ばせた。そして星型の穴が三つ刳(く)り貫かれているパステルブルーのバレッタを、嬉しそうに恒に見せた。
「だっていつも違うのを付けてるから、段々会うたびに注意して見るようになっちゃって。今日はどんなのを付けてるんだろうって」
「嬉しい。私は平尾君のファンだけど、平尾君は私のファンってわけね」
 永美は悪戯っぽく人懐こい笑顔でそう言うと、バレッタを付け直した。
「今日は啓太は?」
永美には啓太(けいた)という今度の大晦日にやっと三歳になる息子がいて、球場にはいつも啓太と一緒に来ていた。啓太はミニサイズの五八番のレプリカユニフォームをいつも、まるで少女のワンピースのようにぶかぶかにかぶせられていた。そんな啓太と恒も、今では歳の離れた本当の兄弟のように仲良くなっていた。
「これから保育園に迎えに行くところなの。啓太ったら、毎日毎日いつになったらまた野球やるの?って聞いてくるのよ。もうじき三歳になるんだけど、春になったらって言う意味がまだ分からないみたい」
永美には最愛の夫がいたが、啓太が生まれたその日、車で仕事場から病院にやってくる途中、カーブを曲がり切れずに反対車線からはみ出して来たトラックと正面衝突してしまい、啓太が生まれたまさにその瞬間、二十三歳という若さでこの世を去っていた。そのため今は、永美が出版社の契約社員としてテープ起しの仕事をしながら、女手一つで啓太を育てていた。
「良かったら今度の日曜日球場に来てください。秋季キャンプ最後の日に紅白戦をやるんですけど、僕と貴さんが先発するんです。永美さんと啓太が応援に来てくれたら励みにもなりますから」
恒は大粒の汗に吹きかかる秋風に、少し肌寒さを覚えていた。
「絶対行くわ。平尾君と吉井さんが投げ合うところなんて一生に何度見られるか分からないしね。楽しみにしてる」
そう言うと、永美は啓太を迎えに行く時間だと言って、恒に「頑張ってね」と一言告げると、息子がいるとは思えないほど華奢な後姿を弾ませながら、高台の上にあるサブグラウンドから駐車場へと繋がる階段をトコトコと降りて行った。その後姿が見えなくなる寸前、太陽がバレッタを照らし、その反射が恒に瞼を覆わせた。

               *

この日は火曜日であかりはカフェでのバイトが休みだったため、大学の講義が終わるとレンタルショップでビデオを借りてから部屋に戻り、挽きたてのコロンビア豆で淹れたコーヒーを飲みながらそれを観ていた。借りて来たのは、十二歳の少女に愛されてしまう殺し屋の話だった。あかりはこの映画が大好きで、数ヵ月に一度は必ず借りて観ていた。次に来るシーンや台詞、音楽などほとんどを丸暗記していた。
しかしこの日はまったく映画に集中できなかった。それは毎週金曜日に店を訪れて、ヨーグルトレモンを注文する彼のことばかりを考えてしまうからだ。あかりは彼のことを想うたびに、その想いがどんどん膨らんで行くことに気付いていた。それでもあかりにはその膨らみ続ける想いを自分ではどうすることもできない。今は胸の中に蓄積されて行くに任せるしかなかった。

もしもあの鳥になれたなら

2009年10月28日 02:56

もしもあの鳥になれたなら第1章 -5-

最近では従業員の更衣室としての役割しか果たしていなかった。 あかりが賄(まかな)いのツナサンドとカプチーノを手にして休憩室に入ると、あかりよりも一つ年上の森杉が煙草の煙を燻(くゆ)らせていた。森杉は元高校球児で、甲子園出場の経験を持っている。いつもは中型のクラシックバイクで店まで通勤しているのだが、この日は秋雨が冷たかったため、車で来ていた。 普段の言動はいつでも大胆不敵な森杉だったが、実はその反面とても繊細な心の持ち主だということを、あかりはすでに気が付いていた。 「お疲れさまです。今日は車ですか?」 あかりは固いパイプ椅子に腰を下ろしながら言った。 「雨だからね。それより百瀬ちゃん、」 森杉は苗字をちゃん付けして呼ぶのが癖だった。 「小沼店長に聞いたんだけど、店辞めちゃうんだって?」 森杉の煙草の灰は限界に差し掛かっていて、今にも落っこちて、バイクに乗る時にも最適なカーキのジャンパーに焦げ目を付けてしまいそうだった。 「はい。けど大学を卒業する来年の三月までは、まだまだ頑張りますよ」 あかりは今大学四年生で、半年後の卒業はほぼ確実な状況だった。 「寂しくなるなぁ。百瀬ちゃんはこの店のマドンナだから、辞めたら絶対売上に響くだろうな」 森杉はいつでも調子の良い口振りをしていたが、しかしそれはいつでも本心だった。 「そんなことありませんよ。わたしがいなくなっても森杉さんがいるじゃないですか」 あかりはカプチーノを掻き混ぜながら言った。 「バカ言っちゃいけないよ、誰が野郎目当てでこんな店に来るってんだよ。百瀬ちゃんが辞めたらこの店は二年と持たないぜ、きっと」 現にこのカフェはあかりが辞めた二年後に閉店してしまうのだが、この時のあかりと森杉にはそんな事実を知る由もなかった。 「それで、辞めてどうするの?就職?」 「いいえ、イタリアに留学するんです。わたし、誰よりも美味しいカプチーノを淹れられるバリスタになりたいんです。だから本場のイタリアに行ってみっちりと修行をして来るつもりです」 あかりのスケールの大きな将来に、森杉は少し呆気に取られていた。 「大学でもイタリア語を専攻していたんで、これでもけっこう喋れるんですよ」 あかりは小さな口でツナサンドを一口かじる。 「高校時代ここでバイトし始めた時、小沼店長にバリスタの話を聞いたんです。それ以来ずっと最高のバリスタになりたいって思ってたんです」 あかりの瞳は笑顔のせいでとても細くなっていたが、それでも街頭に照らされる秋雨の粒とは比べられないほどに輝いていた。森杉もその輝きを横目に見ると、つい自分まで笑顔になってしまう。あかりの笑顔はそんな不思議な力を持っていた。あかりの笑顔には周囲にも笑顔を伝染させる不思議な力があった。 「そっか、百瀬ちゃんにもデカイ夢があるってわけだ。けどさ、ヨーグルトレモンの彼はどうすんのよ?百瀬ちゃん、彼のこと好きなんだろ?見てれば分かるよ。俺だってそこまで青かないからね」 あかりの唯一の心残り、それがヨーグルトレモンの彼だった。イタリアに行けば自分の夢を叶えられるかもしれない。しかしそれは同時に、せっかく芽生えた恋を枯らしてしまうことを意味していた。あかりは今年の夏からよく店を訪れるようになったヨーグルトレモンの彼が気になり出し、いつしか確かなる想いを馳せるようになっていた。彼を前にすると、どうしても多過ぎるほどの笑顔を隠し切ることができない。 「後悔はしない方がいいよ。恋なんてどこにでも転がってるもんじゃないしさ。もし本当に彼のことが好きなら、イタリアに行く前にハッキリさせとかないと。想いを伝えるのか、それとも秘めたまま彼のことはスッパリ忘れるのか」 森杉はあかりの背中をポンポンと叩くと、咥え煙草のまま、家路につくために休憩室から店内に出て行こうとした。 「森杉さん、煙草、」 あかりは小声で森杉の煙草を指差した。 「おっと、危うい危うい。また店長に叱られるとこだったよ。先週もやっちゃってさ。助かったよ、サンキュ。それじゃお疲れね。恋愛相談ならいつでも受け付けてるから、いつでも言ってよ。自分の恋愛が不調な分、人のことに関しちゃかなりのもんなんだぜ」 あかりは薄れかかった笑顔で頷くと、イタリア人よろしくウィンクをしながら出て行く森杉の背中を見送った。あかりは確かに悩んでいた。ヨーグルトレモンの彼、彼の名前すら知らないが、それでも彼が店にやってくると、それだけでなんだかとても幸せな気分になれた。しかし自分は半年後には店を辞めてイタリアに旅立ってしまう身。神様はなぜこんなタイミングで恋を芽生えさせたのだろう、あかりは彼のことを考えるたびにそう思ってしまった。 こんなタイミングでこれ以上想いを募らせることはとても辛かった。毎週金曜日の夜に店に来てくれる彼、笑顔を向けると必ず笑顔を返してくれる彼、コーヒーが苦手で寒い日でもいつもヨーグルトレモンを注文する彼、いつも野球雑誌を開いている彼。あかりはそんな彼のことが本当に好きだった。彼の気持ちがハッキリと分かってしまえば少しは楽だったかも知れないが、しかし彼はあかりにそのような態度は一向に見せてはくれない。確かに店員と客という立場においては顔馴染以上にはなれたが、しかしそれ以外では、彼は他の客と何ら相違なかった。週に一度店に来て、ヨーグルトレモンを飲み終わったら会計してそのまま帰ってしまう。食事や映画に誘ってくれることもなければ、自己紹介がてらに名刺をくれることもなかった。 秋という季節に便乗してか、あかりは少しばかり切ない気分になった。あかりの過去の恋たちがみなそうだったように、今度の恋も片想いで終わってしまうのだろうかと、味わい慣れた切なさに浸っている。だが今度の恋は今までのそれとは少し違い、切ないだけではない。少なくとも毎週金曜の夜に彼が店に来てくれることが、あかりを幸せな気分にさせてくれた。今度彼が店に来てくれた時は勇気を振り絞って、せめて名前だけでも聞いてみよう、あかりはそう心に小さな決意を固めるのだった。 あれこれと考えていると、カプチーノとツナサンドはすっかり冷たくなってしまい、休憩時間も残り五分になっていた。                * 秋季キャンプ真っ只中のこの日、一週間振りに練習が休みになった。しかし恒だけはグラウンドに姿を現し、一人黙々と走り続けていた。来年は吉井と開幕投手の座を争い、先発投手の一角として監督やコーチからも期待されている。恒はその期待に応えたかった。そして何よりもまずは、吉井に言われたあかりへの手土産ともなる初勝利がどうしても欲しかった。そのウィニングボールさえあれば、それが自信となって臆することなくあかりをデートに誘うこともできるかもしれない、そう考えていた。 恒は恋愛に関してはいつでも消極的だった。特に今回の恋はいつもにも増して消 もしもあの鳥になれたなら

2009年10月28日 02:56

もしもあの鳥になれたなら第1章 -4-

るということは、口で言えるほど簡単なことじゃねえんだ。だからもしずっとエースでいられるんだったら、俺は十キロだろうが二十キロだろうが喜んで走ってやるさ」
重みのあるその言葉を聞き、恒は吉井と競えると思い喜んだ自分を、とてもおこがましく感じた。そして監督やコーチから期待されている限り、自分も吉井以上に努力をしなくてはいけないという決心が、また新たに湧き起こった。
「だけど優勝できなきゃそれも意味ないけどな。それより、」
吉井はテーブル越しに身を乗り出してきた。
「お前、あの子に惚れたろ?」
突拍子もないその言葉に、恒はまさに狼狽してしまった。
「あの子な、毎週火曜日は休みなんだよ。だから店に来るんなら火曜日以外に来なくちゃな」
吉井の喋り方はまるで、マウンド上でグラブを口元に宛て、敵に何を喋っているか読まれないようにヒソヒソ話をするバッテリーのようだった。
「な、何言ってるんですか。僕はそんなんじゃありません」
恒はしどろもどろになって否定してはみたものの、それはまったく説得力のない反論だった。吉井にはすべてお見通しなのだ。元々吉井は、恒にあかりを紹介しようと密かに企て、店に連れて来たのだった。もちろん吉井がその企てを恒に話すことはなかったが、初めて店に連れて来た時から、すでにその必要はなくなっていた。吉井は、恒があかりに一目惚れしたことを確信していた。
「いいか、よく聞け。男が女に惚れる時は手ぶらなんて以ての外だ。もし彼女を落としたいんだったら、それなりの手土産ってもんがあるだろ」
「手土産、ですか?」
「そうだ。お前にはまず初勝利っていう手土産が必要だ。男だったら負けっぱなしの状態で女に声なんてかけるな。もしお前にプライドがあったならの話だがな」
吉井は説得力のある分厚い声でそう言うと、恒の肩をポンポンと力強く叩き、何事もなかったかのように店を出て行った。その吉井と入れ替わるかのように、ヨーグルトレモンとツナサンドが運ばれて来た。
吉井は、恒はハッキリとした目的を持っていないから勝利への執着が薄いのだと考えていた。だから対照が何であれ、恒が勝利への執着心を持ってくれることを、吉井は切に願っていたのだ。そうすれば恒に足りなかったものが補われ、一皮剥けてくれるはずだった。勝利への執着心、それは選手にとって何よりも大切なもの。負けて悔しがらない選手は決して大成しない。そしてそんな選手に勝利の女神が微笑んでくれることも決してないということを、吉井はよく知っていた。

吉井の言う通り、恒はあかりに仄(ほの)かな想いを寄せていた。自分ではそれほどの意識はなかったが、吉井に図星を突かれ、それをハッキリと意識するようになった。恒はそれ以来、毎週火曜日ではなく、金曜日の夜にそのカフェに通いつめた。そしていつも決まってヨーグルトレモンとツナサンドを注文した。たまにはちょっと見栄を張って炭火珈琲でもと思うこともあったが、恒はコーヒーが苦手だった。あのそこはかとない苦さに耐えられず、砂糖とミルクをたっぷりと溶かしてやっと飲めるというほどだ。普通のコーヒーでもそんな風なのだから、このカフェオリジナルの深入り炭火珈琲など、恒にとってはまさに以ての外だった。このコーヒーの豆はフルローストされていて、カフェインフリーではあったが限りなくフレンチコーヒーに近く、果てしなく苦い。余程のコーヒー通でなければブラックではとても飲めない代物だった。しかし身体にはとてもよく、新陳代謝を促進してくれるし、二日酔いにも良く効く。炭火珈琲は、このカフェ自慢の一品だった。
もしナポレオン・ボナパルトを失脚させようとしたタレーラン・ペリゴールがこのコーヒーを飲んだなら、きっとあの名台詞をもう一度言い直したに違いなかった。
「コーヒー、それは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のようにピュアで、恋のように甘い」
しかし恒はそんな台詞など知る由もなく、店員たちからは影で、「ヨーグルトレモンの人」と呼ばれていた。
ある日、あかりが恒に訊いたことがあった。
「コーヒーはお好きじゃないんですか?」
恒にとっては一番訊かれたくないことだった。
「あ、いや、コーヒーも好きなんだけど、こっちの方が好きなんだ」
恒はあかりの視線から逃れるように、慌ててヨーグルトレモンのストローに口をつけた。するとあかりは柔らかな微笑みを浮かべながら、囁くような声で言った。
「コーヒー苦手なんですね。もしよかったら今度、あめりかん珈琲っていうあまり苦くないコーヒーもありますから、いつか飲んでみて下さい」
あかりの笑顔はいつでも柔らかくて温かい。まるで柔軟剤をたっぷり使って洗い晒した真っ白いTシャツのように柔らかく、温かく、そして爽やかで、肌触りの心地よい笑顔だった。恒はこの笑顔を目の当たりにするたびに、どんどんあかりへの想いを膨らませていった。あかりのことを考えると、時には眠れない夜が訪れるほどに。恒は今までにも恋をしたことはあったが、しかし今あかりを想っているような、心を篩(ふるい)に掛けられているように胸の高鳴る恋は初めてだった。過去に付き合ってきた女性たちに対しては、守ってあげなくちゃいけないという、半ば義務感に縛り付けられたような意思しかなかったのだが、あかりに対しては違った。守ってあげたいという、義務感から解き放たれた能動的な意思が湧き起こっていた。
しかしそんな想いも儚く、恒はあかりのことを知らな過ぎた。百瀬あかりという名前は胸のネームプレートで知ることができたが、それ以外に知っていることはひとつもない。年齢も、趣味も、私服姿も。あとは吉井に教えられて、毎週火曜日が休みだということを辛うじて知っているに過ぎなかった。そして恒は自己紹介すらもしていない。つまり自分はあかりの名前を知っていたが、あかりの方は恒の名前を知らないし、プロ野球選手であることももちろん知らなかった。
恒はあかりのことを考えている時、あかりの顔を上手く思い描くことができない。それは毎週金曜日にカフェを訪れても、何故か意味もなく照れてしまい、あかりの顔をまともに見られないからだった。想いが募れば募るほど、知らず知らずのうちにその照れはエスカレートし、言葉にさえ詰まってしまう始末だった。恒は本気であかりに恋をしていた。いや、恋をしているという表現では足りないかもしれない。実際には恋に落ちたという表現が最適だろう。恒は二十二歳にして初めて恋に落ちたのだった。

               *

そのカフェの休憩室はとても狭い。キッチンの奥にある洗い場の更に奥にあって、扉のない入り口を潜ると、四畳ほどのスペースにストック用のショーケース、袋詰めにされたおしぼりが目一杯に詰め込まれて重ねられたケース、従業員用のロッカー、長テーブル、パイプ椅子が所狭しと犇(ひしめ)き合っていた。その更に奥には、きちんと扉のついた店長室がある。しかし更に狭い店長室は、店長室として使われることは滅多にない。

もしもあの鳥になれたなら

2009年10月28日 02:55

もしもあの鳥になれたなら第1章 -3-

ない球児はたくさんいる。しかし恒は甲子園とは縁がなくとも、努力がその賜物を生んだのだった。
そのドラフト以来四年目のシーズン、プロでの過去三年間の努力が実を結び、一軍での先発という大役が回ってきた。先発したその試合でこそ打ち込まれはしたものの、その後敗戦処理投手としては着実に結果を出していき、シーズンも残り僅かともなると、遂にリードしている勝ち試合で投げさせてもらえるようにもなった。
二〇〇〇年、このシーズンでは初勝利こそ上げられなかったものの、リリーバーとして監督の期待に応えるだけの活躍を続け、一敗三セーブという成績を残してシーズンを終えた。この数字は決して人に自慢できるような成績ではなかったが、それでも恒にとってはとても意味のある数字だった。過去三年間で何度か一軍に上がったことはあったが、それらはすべて一軍の選手が怪我をして、その穴埋めとして昇格し、十日もすればほとんど投げぬままに二軍に戻るのが常だった。だから一敗三セーブと言えども、少なからず野球史に成績を残せたことが恒にとってはとても嬉しいことだった。
しかしこの年のレグルスは、上位から大差をつけられての三位で終わり、二年連続でリーグ優勝を逃してしまった。首位攻防戦では吉井がスクランブル態勢でブルペンに入るというウルトラC的な作戦を展開したのだが、その甲斐も虚しく首位とは差が開くばかりになってしまい、八月中に早くも優勝が絶望的になってしまった。だがその後消化試合的な試合が続くと、レグルスは急に連勝をするようになった。それは最初の先発登板こそ打ち込まれてしまった恒や、二軍から昇格してきた他の若手選手たちが我武者らにプレーをしたからだった。その結果チームには活気が戻り、もしかしたら奇蹟の逆転優勝もという雰囲気さえも漂い始めた。結局優勝は逃してしまったが、レグルスは来シーズンがとても楽しみになるペナントレースの終え方をした。

その年の秋季キャンプ、恒は徹底的に扱(しご)かれた。それはレグルス首脳陣からの期待の現れでもあり、恒もそれを苦痛と感じることは一度もなかった。それどころか、恒は練習が楽しくて仕方がなかった。毎日一番先にグラウンドに来るのは恒で、一番最後までグラウンドにいるのも恒だった。毎日何かしらの上達を実感することができ、それが心底練習を楽しくさせている。時にはコーチに止められるまで練習をやめないこともしばしばだった。
恒はまだ信じている。高校時代の監督に教えられた「練習は嘘をつかない」という言葉を。恒はそれを信じて日々の練習に励んでいた。
 そんなある日、恒は監督の西尾に呼び出された。ベンチ裏の監督室の前まで行くと、恒は帽子を脱ぎ、遠慮がちにノックをして中に入った。監督室の中では西尾と投手コーチの渡辺が、向き合うようにしてカウチに腰を下ろしていた。恒はコーチに促されて横に座ったが、気分は頗(すこぶ)る落ち着かず、さながら蛇に睨まれた蛙といった具合だった。
「そんなに固くなるな。呼び出したのは別に説教をするためじゃないんだから。それとも、何か説教をされるようなことをしでかしたのか?」
 西尾は恒の緊張を解(ほぐ)してやるように切り出した。
「いえ、何もしていません。ただ、急に呼び出されたんで緊張しちゃって」
恒は手に持った帽子を持て余すようにして答えた。
西尾はじっと恒の目を覗き込み、そして再び口を開いた。
「平尾、来年の開幕投手の座を吉井から奪い取ってみろ」
恒は西尾のその言葉に少なからず驚きを感じた。というよりは、大いに驚いた。師として仰ぎ、何年間もずっとレグルスの、そして球界のエースとして君臨し続けている吉井と、チームが優勝争いから遠ざかったシーズン終盤になって、ようやく一軍に上がって来られた自分を競わせるとは、恒にしてみればとても正気の沙汰とは思えなかった。何しろ吉井は日本を代表するピッチャーであり、実力も実績も、ほとんど実績ゼロの恒とは比べられないほどだったのだから。
「来年はお前も二十三歳でもう五年目だ。そろそろ開花してくれなくちゃチームとしても困る。それに、吉井はお前の年の頃にはすでにローテーションンの柱になっていた。平尾、だからお前にもそろそろ一皮剥けてもらわなけりゃならん。分かるな?秋季キャンプの最終日に紅白戦を行なう。その試合の先発が吉井とお前だ。エースの座を力づくで吉井から奪い取ってみろ」
恒は虚ろに「はい」としか答えられなかった。頭の中では色々なことが渦巻いている。今まで別次元のピッチャーだと思っていた吉井と競えるだけの実力が自分に付いてきたとは、恒自身にはまだまだ到底考えられることではない。それでも吉井と競わせてもらえるということは、恒にとっては最高にやり甲斐のあることであり、自分のピッチャーとしての成長を、師である吉井に直接見せることができるという点において、少なからずの逸(はや)る気持ちがあった。

その日の練習を終えると、恒は五日市街道にあるカフェを訪れた。いつものように一番奥のB七卓に座り、お決まりになりつつあるヨーグルトレモンとツナサンドを注文した。しかしこの日はあかりの姿はなく、アルトサックスを吹くという丸顔の店長小沼が、忙しそうに店中を往来していた。
恒が野球雑誌に目をやりながらヨーグルトレモンとツナサンドを待っていると、どこからともなくドンドン、ドンドンと何かが叩かれているような不穏な音がした。恒は辺りを見回したが、しかし何ら変哲はない。そして視線を雑誌に戻すと、再びドンドンと何かが叩かれた。窓の方から聞こえて来て、恒はパッと窓の方を向いた。すると黒い帽子を目深に被り、黒いウィンドブレーカーを着込んだ吉井が真っ暗闇の中、まるで明かりを求める蛾のように窓にへばりついていた。恒はその姿に心臓を撃ち抜かれるほど驚かされ、椅子から滑り落ちそうになった。
「練習サボって何してやがる」
 吉井は店に入ってきて恒の真向かいに座るなり、尋問をする刑事さながらの鋭い目つきで恒を問いただした。
「サボってなんかいませんよ、ご飯を食べに来ただけです。それより、貴さんこそ何してるんですか?」
「ロードワークだよ。走ってたらお前が店に入っていくのが見えたから、ちょいと寄ってみたんだよ」
吉井は恒に出されていた水を飲み干してからそう言った。
「ロードワークって、貴さんの家ってここからずっと遠くじゃないですか。貴さんの家から走って来たら片道五キロ以上はありますよ!」
チーム練習を終えた後、吉井は本当に十キロ以上走っているのかと、恒は驚きを隠さなかった。
「それがどうした?」
だが吉井は驚く恒にサラリと言いのける。
「チーム練習が終わった後に十キロ以上走ってるってことですか?」
「いいか平尾、エースになるのはそれほど難しいことじゃない。だがな、エースであり続け

もしもあの鳥になれたなら

2009年10月28日 02:54

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