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#33 江藤智


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#33 江藤智 - Akira Etoh

内野手(ファースト、サード)、右投右打
1988年ドラフト5位
関東高校~広島カープ~読売ジャイアンツ~埼玉西武ライオンズ
東京都東大和市出身、1970年4月15日生、182cm / 95kg
タイトル:本塁打王(93、95)、打点王(95)最高出塁率(96)、最多勝利打点(2000)
ベストナイン(93~96、98、2000~2001)、ゴールデングラブ(96)
ニックネーム:微笑みのバズーカ

江藤智選手、20年間の選手生活にピリオド

江藤選手のプロ人生は捕手としてスタートしている。関東高校時代は通算61本塁打放っていて、当時は東の江藤・西の谷繁と言われるほどの強打の捕手だったようだ。しかし実際にキャッチャーとしてプロの試合に出たのは90年の2試合だけで、あとはほとんどがファーストかサードでの出場となっている。ちなみに関東高校の一学年先輩にMr.Childrenの桜井和寿さんがいたらしい。

江藤選手がなぜプロ入りして捕手として出場できなかったというと、広島カープには当時、達川光男という名捕手の存在があった。その達川捕手の壁に阻まれ、江藤選手は打撃を活かすために内野手にコンバートせざるをえなかった。しかしこのコンバートは大成功だった。一年目に5本塁打を記録すると翌年は11本塁打、さらに16本塁打と数を伸ばし、4年目の93年には34発放ちホームラン王に輝いている。
ライオンズに以前同じような光景があった。伊東勤という名捕手の存在があり、高木大成捕手は内野手に、和田一浩捕手・貝塚政秀捕手は外野手にコンバートされた。そして3人ともその打撃を活かし、その後大活躍を見せている。

江藤選手は“微笑みのバズーカ”と呼ばれるだけあって、とても穏やかな人柄で、チームメイトからも厚い信頼を得ている。だが全盛期広島時代の江藤選手は非常に負けん気が強く、プライドの高いスラッガーだった。不調で4番の座を前田選手と入れ替えられてしまった際、江藤選手は「何年4番を打ってると思ってるんだ」というコメントを記者に残したらしい。江藤選手は、それほど4番というポジションに強いこだわりを持った、正真正銘のスラッガーだったわけである。
この4番としての江藤イズムを受け継いでいるのが、中村剛也選手だ。

元チームメイトの広島・西山秀二選手は江藤選手についてこのように話している。「練習熱心で、後輩の面倒も良くみて、文句を言ってる所を聞いたことがない。あんなプロ野球選手、他にはいない」。
またライオンズの高木浩之選手は自身の引退セレモニーで、西武ではほとんど親交のなかった江藤選手の胸を借りて号泣していた。こういう点から見ても、江藤選手にどれだけの人望があるのかをうかがい知ることができる。

99年のオフ、江藤選手はFA宣言をした。当初は横浜入りが確実視されていたのだが、横浜のチーム事情により、交渉を途中で打ち切られてしまった。当時FAを認めていなかった広島への残留も絶望的で、そこで手を挙げたのが巨人だった。巨人に移籍すると当時33番を背負っていた長嶋茂雄監督は、その番号を広島時代から背負い続けていた江藤選手に譲り渡し、自らは自身の永久欠番であった3番を背負い話題になった。

巨人移籍後2年目までは2年連続で30本塁打以上を記録しているが、その後は晩年を迎えてホームラン数は激減し、2005年にはついにプロ入り初の0本を記録してしまった。するとその年のオフ、FAにて西武から巨人に移籍した豊田清投手の人的保証として、江藤選手は西武ライオンズに移籍することになった。その時江藤選手は次のようなコメントを残している。「(巨人での)6年間はいい思い出だけです。西武に行って少しでも長く野球をやりたいので頑張ります」。

実は江藤選手、実家が東大和市(西武ドームまで車で10分ほどの町)だけあって、子どもの頃はライオンズのファンクラブに入っていたらしい。江藤選手は、そのライオンズに帰ってきたというわけだ。ライオンズに移籍した2006年以降は、全盛期のような強打は鳴りを潜めてしまったが、しかし縁の下の力持ちとして影からチームを支え続けている。

昨年ホームラン王のタイトルを取った中村剛也選手にも、去年から西武ドームのロッカーが隣同士ということもあり、スラッガーの心得を日々語り聞かせているらしい。そして「練習は若いうちにしかできない」と言い続け、しかもただ言うだけではなく、中村選手の早出特打ちに連日付き添い、アドバイスを与えているようだ。

今は江藤智選手は、ライオンズには決して欠くことのできない選手となった。百戦錬磨の江藤選手がベンチにいるだけで、チーム内には調和と安定感が生まれ、優しく、そして時に厳しく、チームを縁の下から牽引してくれている。昨年ライオンズが日本一になれたのも、このような江藤選手の支えがあってこそのものだ。

今シーズンは打撃コーチ兼任案もあったのだが、しかし江藤選手にはまだまだ現役としてバリバリ働いてもらいたい。ファンとしてもそれを望んでいる。ライオンズの若手選手にはぜひ江藤選手をお手本として、これからさらに素晴らしい選手へと育っていってもらいたい。そしてファンが待ち望む黄金時代の再来を待ち望みたい。江藤智という心強い支えがあれば、黄金時代の再来も近いのではと筆者は日々期待してしまうのである。

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2009年05月14日 14:22 


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